未知ヶ浜の執行
街宮聖羅
失意の中から
君は僕の目の前から消えてしまった。
大好きだった君は僕のことから離れていったように消えたんだ。
初めて知った苦しみ。初めて感じた絶望。
血が繋がっていないはずなのになぜ…………。
僕にはわからなかった、いや、分かりたくなかった。
わかってしまったら死にたくなるから、彼女のところに行きたくなるかもだから。
何もやる気が漲ってこない。
いつもなら母親に怒られるまで食べるのに今はそんな食欲もない。
自己ベストを出そうと必死になってもがいた部活にも力が入らない。
彼女の力は偉大であり、唯一の心の支えだったといっても過言ではない。
めんどくさがっていたデートも照れくさくて言えなかった"大好き"も。
全部全部が二度と起きることのないイベント。
好きな人と一緒にいられる奴が羨ましい、妬ましい。
その想いだけで心の湖は一瞬で溢れそうだ。
今から生きていく選択肢に“姫奈と一緒”はない。
枯渇した大樹はただのオブジェクトになるように僕の存在は水分を一気に奪われた名もなきミイラ。
バイバイの一言すら貰ってないのに、折角君に会えたのに。
ひどいよ、神様は味方じゃなかったのか。
これからの人生、長いし、険しいし、しんどいし。
乗り越えられそうもないな、僕はもう駄目だよ…………姫奈。
そう感じた僕は彼女と見た最後の景色が広がる思い出の地で終わらせようと決めた。
♦
「ここに来るのは、そうか二週間ぶりかな。姫奈が事故に遭って葬儀があったのが昨日。って、そんなことどうだっていいよな」
松の針のような枯れた葉っぱが道路脇に積もっている。
毎週日曜の朝に近くに住む老夫婦がこの道の清掃を行っているのをランニング中に見たことがある光輔は大変だなと心にもないことを思う。
このようなことを思わない人間性を生まれながらに持っていたはずなのに今となってはからっぽの心と死んだ目を保持するどうしようもない人間のそれだ。
「生きているだけで幸せだとか言ってるやつ。そいつらって多分勝ち組なんだろうな。いや、俺も元勝ち組だったわ。姫奈と一緒に登校してデートして昼寝したりして…………いや、もうあいつはいないんだよな。俺が今から会いに行くんだ」
引きずる気持ちは時に人の判断力を誤らせる。
その状況がここで起きているのだが、見ているのは沈みゆく太陽だけ。
太陽は見ているだけで何もしてくれない。
光輔の望みを叶えることだってできやしない無力な存在。
光輔は太陽の方向にある海岸へと歩みを進めている。
向かいから歩いて来る同じ年位のカップルの笑顔が憎たらしくて、羨ましい。
この気持ちを押さえつけるだけの力は彼の体内のどこにも存在しない。
「あ、やっと非リアの気持ちが分かった気がする。だって、いちゃつくカップルが向かいから歩いてきたら確かにむしゃくしゃするもんな。だから、非リアの奴らは『リア充爆発しろ!』なんて言っていたのか。でもよ、それって非リアの奴がモテる努力をしてないのが問題だよな。努力は実るっていうからな。俺も姫奈に告って成功したしな。あいつは腹筋を綺麗に割っている男子が好きとか言っていたから…………って、また俺は」
勝ち組から転落した光輔には初めての体験だっただろう。
光輔自身は非リアになったことはある。だが、期間が短かった。
高校二年生である今までに三人ほどと付き合っていてその三人目とも何年か続くも別れるというパターン。
中学に上がってからのほとんどの期間をリア充という肩書を付けて生きてきた。
同時に考えることもあった。
「まあ、俺も派手にとまでは言わないけど、まあまあイチャイチャしていたからな、周りの奴からはこんな風に思われていたんだろうな。でも、輝也とか大成とかいい奴らがいたからあそこまで大っぴらに付き合うことができたんだよな。あいつらにお礼しときゃよかったかな?でも、そんなこといいだしたら疑われそうだからいいか。あっちでお礼しておこうか」
独り言の域を超えることは無いが下手したら誰かに聞こえるかもしれない声量。
内容を最初から最後で聞く通行人はいないだろうがこの内容であれば今からしようとしていることがバレるかもしれない。
光輔は思っても口に出さないようにしなければならないと強く心に誓う。
港に沿って通っていた松の木が生い茂る道も途絶えた。
見えてくるのは夕陽の明かりが照らす駐車場の自動車。
石造りの時代を感じさせてくれる白塗りの灯台は役目を終えているのか動く様子もない。徐々に沈みゆく太陽はまだ半分だけその真っ赤な顔を見せている。
左手に見える二十五メートルプールは光輔が小学生時代によく遊びに行った場所。
海水のプールは冷たくたまに海の魚が紛れ込んでつかみ取り大会になるという、現代では少し考えられないような不思議な所。
そこの看板が潮風に当たり続けたせいで風化してしまいボロボロになっている。
その横を何の思い入れがないような顔で通り過ぎていく。
駐車場を抜けた先には本日の目的地である俺の終着駅があった。
「未知ヶ浜。まさかここが人生を締めくくる墓になるなんてな。小学生時代は全く思っていなかっただろうに。いやぁ、いろいろ世話になった場所だわ」
そう。光輔の目的はここで自殺を図ること。
彼女の元へと行くための始発駅。人生の終着駅からの乗り換えだ。
姫奈に会いに行くための切符を買いに行くために白い砂の広がるビーチへと向かう。
「昔は広いイメージがあって、今は狭いというリアルを見せられてるな。姫奈と一緒に来たときはあんまり気にならならなかったんだが。まあ、それだけ心の中が冷め切っているということかな」
未知ヶ浜は本当に変わっていない、昔からずっとこのまま。
このビーチを訪れる人々は夏に一気に増える。
まさに今がその季節なのだが、今日は近くの商店街で夜市があるためそちらに人がおびき寄せられていくのでこの場には誰もいない。
いつもはこの時間でもまあまあな数の人で溢れているが、その人々の影はどこにもありゃしない。
光輔にとっては有難いシチュエーションではあったが、流石にここまでいないとは思っていなかった。
奥に向かって入っていくと白い物体を発見した。
おそらく、唐揚げが入っていたであろう紙コップ。
それはぐしゃりと潰されて、道端に捨てられている。
この光景をみた姫奈なら……。
「拾って捨てに行く、のがあいつだったよな。」
光輔はゴミの近くに駆け寄りそれを手に取って分別するように書かれているゴミ箱の前に立ちそっと捨てた。
そのゴミが姫奈が捨てたものに似ていたこともあり、適当に捨てることができなかった。丁寧にしなければという思いが彼の心に芽生えたのだった。
ちらっと右側を見ると、大理石でできたベンチが二つあった。
そのベンチを見たらまた一つ姫奈との思い出がフラッシュバックしてきた。
「ここであいつとじゃんけんして負けた方が自販機にジュースを買いに行くっていうことをして、そして、俺が負けたから三回勝負だとか言って長引かせたんだっけな。でも、結局俺が負けたんだよな、全敗を喫してね」
「そうなんですか?良かったら私とじゃんけんしませんか。私強いですよ?」
「お、そうか。それじゃ、負けたらジュース奢りな。いくぞお…………お?」
「では!じゃーんけーーん…………」
「ちょっと待ってくれ!君は誰だよって、いつからここにいたんだよ」
光輔は気付かないうちに会話しそうになった。
白いワンピースに麦わら帽子の女の子。
身長は低めの中学三年生くらいだろうかと思えるほどに大人びていて小さい。
顔立ちは帽子のつばの影と暗くなってきたせいで良く見えない。
サンダルにはヒールが付いており、本来の身長はもう少し小さいのだろう。
先ほどこのビーチを見た感じでは人がいなかったように見えた光輔は『いつからいたのか?』と尋ねた。
「私はずっといましたよ?そうですね、あなたが橋を渡ってゴミを拾ったあたり位から見ていました。この人偉いなーって思って見ていたら、突然独り言を話し始めたので驚きましたけど興味を持ったので近づいてみました」
その声は何処かで聞いたことがあるような感覚にさせるような声。
丁寧な口調になるときに声質が変わるところがどことなく。
「で、お兄さんは何をしていたんですか?この辺りは夜市が始まるみたいですからここにいるのはおかしいと思うんですけど。もしかしてお兄さんはぼっちとか?」
「ちっがあああう!決してボッチなんかじゃないぞ?お兄さんは元リア充のとても素晴らしい青春を謳歌していた男の子なんだぞ。そこらのボッチと一緒にされるとな…………」
「いえ、見ている限りあなたはボッチです。こんなところでそんな悲しい表情をしているということはハブられたりしたんですよね?あたりですか?」
「ズバズバ聞かないの!というか、俺は夜市に行くつもりはないっての。あとさ、君の名前を教えてくれないか?なんか、あんま知らない人と話してるのは好きじゃないんでね」
こじつけたようにつけた言い訳を上手いように使い名前を聞き出そうと試みた。
ぼっちと言われることが意外と光輔の精神に来たようで話題を変えなければやっていけないと判断した彼の心がそうしたのだ。
「私の名前は“うぐもりひめな”と言います。近くの中学校に通っています。あ、まだ一年生の新入生です。あと、私が一人だからって私のこと襲ったりしないでくださいね?」
今なんて?と心の内でひっかかかったワードがあった。
「うぐもり……ひめな?」
ひっかったワード:“うぐもりひめな”という言葉に反応せずにはいられなった光輔は聞き返した。
光輔は何かの聞き間違いではいけないと思い、確認を取る。
「はい、鵜久森姫奈です……が、ってお兄さん!」
無意識だが光輔の瞳からは一筋の涙が流れだしていた。
それも綺麗な透き通った涙。どこかの清流並みの透明度を誇っているだろう。
「鵜久森姫奈っていうのか。わかった、よろしくな」
しかし、向こうが光輔のことを『どこかのお兄さん』と思っている以上近づくことができない。もしも変なことをして誰かに見られたならば即刻牢屋行きだろう。
死んで天界に行く前に牢屋だけは勘弁してほしいところだ。
「ところで、お兄さんの名前は?」
光輔は彼女の反応が少し楽しみになって来た。
光輔が中一の時にはすでに姫奈と知り合っている。
付き合ってはいないものの何処かで聞いたことがある名前だろう。
「遠藤光輔。高校二年生だよ」
光輔は短めに答えた。早く反応が見てみたいのか少し早口になっていた。
だが、彼が予想していたどうりの展開にはならなかった。
「遠藤光輔さんですね。よろしくお願いします!」
あれっ?っと光輔は思った。もう少し何かあるだろうという顔をしているが期待以上の反応が返ってくることは無かった。
だから、光輔自身が彼女に向かって自分のことを聞いてみた。
「遠藤光輔って、同じ学年にいたりしないか?」
この言葉は慎重にゆっくりと話した。先急いでも結果は変わらないのだから。
すると、このアンサーも予想を超えてくるものだった。
「いや、そんな人はいませんけど。お知合いですか、同姓同名の?」
いや、違う。違うんだ!と光輔は言いたかった。
なんどもなんども否定の言葉を発しようとするも。
“声が……出てない?”
気付いた時には姫の顔が先ほどの答えを待っている顔だった。
しかし答えることができなくなってしまった今、どうすることもできない。
「ねえ、どうしたのお兄さん?どうして答えないの。ねえ?」
疑問に対する答えを待っている姫奈だが、何故ここまで同姓同名がっていう質問の回答を聞いて来るのかが分からない。
そんな、どうでもいいことを何故聞くのか?光輔の頭の中は混乱している。
そもそも、彼女の性格上は聞いても反応しなかったら諦めるタイプ。
ということは……だ。少し前の姿が似ていても、声の質が似ていても。
「君は一体誰なんだ?」
それは先ほどまで声がでなかったのに急に出た言葉だった。
急というか、体がこの言葉を待っていたかのようだった。
すると、鵜久森は目を見て答えた。
「私は……鵜久森。私は……鵜久森。私は……」
ロボットが壊れたような口調になった。
やはりそうだったみたいだ、と光輔は何かを思い出したかのように心の中で呟いた。すると、光輔の目の前が真っ白になった。
雪のように白い光が視界の全てを覆った。
気が付くと俺は空を見ていた。
良く分からない世界から抜け出してきたような疲労感と脱力感に襲われる。
そして、後頭部が何やら柔らかいものに乗っていることに気付いた。
でも、感触的には人間の脚の太ももだと光輔は推測した。
ただ、この太ももの上に乗っている自分は一体どこにいるのか。
それさえも分からないまま上体を起こすとそこには。
「おはよう、よく眠れた?なんかさっきまでうなされてたけど大丈夫?」
「お、おは……って、ええええ!姫奈!お、おまっ、生きてたのか?」
姫奈はあきれ顔で光輔の方に向いて言った。
「いやいや、どっちかと言えばこうちゃんの方が死にかけだったんだよ?急に体温が上昇して倒れてさ。それで看病してたら急にうなりだして。それから熱を測ったら四十一度もあったし。ほんと、びっくりさせんといてや!」
半泣きの姫奈の顔は本気で心配していた顔そのものだった。
だが、光輔の方は心配されていたのがこっちだと思いホッとした瞬間なにかを感じた。それは少しの違和感と実体の感覚だった。
そう、さきほどの世界では妙な点があったのだだが、それに気付かなかった光輔は余程悲しみに捕らわれていたということがわかる。
そして、その妙な点と言うのも。
「あったかいな、体温があるっていいな。神経があるっていいなぁ」
「いや、急にどしたん?なんか言動がおかしくなってるよ。ていうか、どんな夢見たん?」
二人は会話を始めた。
以前よりも密接な関係を築くために濃密で濃い時間を過ごすために光輔の方が積極的に話している。
そのことに多少だが驚いた姫奈は以前よりもいい雰囲気を出すようになった彼に惹かれている様子だ。
お互いの空気が温かさを増してゆく。あの世界にはなかった温かさを。
あの体験が何だったのかは分からないが、彼を大きく変えた。
愛する人がいることの大切さを学んだという彼の成長は今後大きな成果になるだろう。だが、イレギュラーが起こった彼の行動は決して良いものではなかった。
♦
それでも奴は少しは分かってくれただろうか。
僕みたいな非リアの気持ちを。
未知ヶ浜の執行 街宮聖羅 @Speed-zero26
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