第4-2話:悪ぃけど、あたしら勝ちにきてんだ
スタートグリッドに並ぶ様々な意匠のオートアスリートたちを人々が囲う。
特別チケットを入れたストラップを首にかけた観客たちがカメラやケータイをかざして、写真を撮りまくる。
彫像のように膝をつくオートアスリートたちはもちろんだが、それに花を添えるようにして華やかなキャンペーンガールたちにレンズを向ける人は決して少なくはない。
一般の観客にしても、雑誌記者にしても、はたまた全宇宙放送のテレビカメラであったとしても、彼女たちの十人十色の容姿は絵的にも映えるのだ。
そんな中にミミリア・ミラッソの姿もあった。
赤と白の短いビニールジャケットに、おへそもあらわになるチビTにハーフパンツ。長い足を覆う暑そうなロングブーツを履いて、ジャケットと同じ赤白の渦巻きキャンディーのような柄の日傘をさしている。
膝をついて駐機されている〔スーパーエイト〕と並べば、派手な色が人目を引く。
その様子をピットガレージにいるアイとエリーは遠巻きに見ていた。
「ミミリア先輩、おなか出して寒くないのかな?」
「そういう問題なの、アイちゃん?」
アイの子どもっぽい感想にエリーはため息をついた。
二人は荷物の整理をしつつ、フラッシュが瞬くサーキットに眼を細める。ピットレーンとサーキットでは全く違う世界に見えた。
「まぁ、映りはいいし。いい宣伝になってます」
アイたちの小言を聞いていたケイトレットがいう。
「テレビカメラにも撮ってもらっていますし。とりあえず、スポンサーへの広告料分の足しにはなるでしょう」
「あ、このスクリーン、テレビなんですか?」
ケイトレットの目線を追ったエリーが、一番端のモニタに映っている画面を見た。
スポーツチャンネルに合わせているらしく、グリッドの風景が映し出されている。多くの人が行きかう中で、映像はミミリアにフォーカスが当てられていた。画面下にはテロップが流れており、それらはカワアイ工業高校に出資をしてくれた商店街の人たちの店名や企業名であった。
そのモニタを正面に据えて座っていたソフィはそれらテロップとケータイを器用に見比べながらエリーに補足する。
「そうね。こういうのも録画しておかないといけないの」
「どうしてです?」
エリーが質問すると、ソフィが淡々と答える。
「成果報告ってとこかしら。長くテレビに映ればそれだけスポンサーの名前が出せるし、出資の多い人は何回も出るようにするとかあるからね。衣装や車体の二次元コードがちゃんと認識されているかも、確認しなきゃ、でしょ?」
テロップ情報の放映は枠を買って流しているものではない。カメラがとらえた被写体、オートアスリートやキャンペーンガール、ライダーが着ている衣装に印字された二次元コードを認証することで、テレビでの宣伝権利を取得するのだ。
そうした宣伝をしますよ、ということで中継放送での各チームの撮影許可を得ているようなものだ。そうでもしないと、弱小チームが全宇宙にいる人々の目に留まることはまず難しい。
「そういうことです」とケイトレットは同意して、自分の仕事に戻る。
エリーはなるほど、と素直に驚く。
そんな彼女に背後から背の高いハルルがのしかかる。
「こっちの作業終わったよー」
「ちょっと、重い……」
エリーは頭に顎を乗せるハルルを支えながら苦言を呈する。
「あはは、仲良し」とアイがにこにこ二人を眺めていると、彼女の横にマルーシャが立つ。それをアイは横目に見た。
「第2ステージのモトスパイク、仕上がりどう?」
「つつがなく、キョーコさんの要望通りに」
マルーシャはほっと一息つきながら報告する。
アイはさすが、とつぶやきつつ、ふとチィの姿がないことに気づく。
「チィ先輩は?」
「裏で寝ています。疲れが出たものかと」
「徹夜続きだったしね」
アイはあくびをかみ殺して、改めてモニタに映るサーキットの様子を見た。ちょうどカメラがTシャツ姿のリンと赤いドライバースーツに身を包んだキョーコを映していた。その陰で、顧問のバルザックも名刺交換をしている背中が映る。
キョーコは薄い色の入ったサングラスをしており、白い肌や髪、真っ赤なドライバースーツもあって奇抜な出で立ちだった。それが良くも悪くも注目を引く要因となっていた。
二人は何事か記者らしい人物と話している。その後ろでキョーコをかばうようにミミリアが日傘で彼女たちに日陰を作っていた。
「リン先輩とキョーコ先輩、なに話してるんですかね?」
「雑誌とかのコメント取り、かもね」
ソフィが答えた。
「いいことを言えば、取材料が来るって寸法。キョーコはあんな感じだから人目を引くし、リン先輩も受け応えできるから期待しましょう」
「そういうの学校側は大丈夫なんですか?」
エリーの素朴な疑問にケイトレットが反応する。
「マシーンの借金返済にあてられます。だから、わたしたちと学校が受け取るお金はゼロです」
「身も蓋もありませんね」
「でも、経験とロマンがもらえるよー」
エリーの渋い反応に頭の上のハルルがしたり顔でいう。
金銭的な面でいえば、〔スーパーエイト〕の修繕費やチームとしての運営費は十二分に彼女たちのために使われている。学校側が得をしている、というわけではない。
レースに出場するだけでは黒字にはならないのだ。
「勝たなければすべてが水の泡ですがね」
「きっつー」とケイトレットの辛辣な意見にハルルはげんなりする。
そんなやり取りを耳にしながら、アイはモニタに映るキョーコがピクリと記者らしい人から視線を外すのを目撃した。
アイがキョーコの視線の先を気にしていると、その気持ちが乗り移ったようにモニタの視点が移動する。その先にいたのは、背筋を正して歩く黒のドライバースーツを着たハーマン・ヒューズだった。
「この人、確か……」
「ちょっとやばくない?」
ハルルはモニタの様子に嫌な予感がした。
その予感通り、ハーマンはリンとキョーコの前に現れた。別のチームドライバーが挨拶をしに来ること自体は珍しいことではない。むしろ、周囲からは歓迎される。
それがエンタメ的なシナリオ構成でドライバーがキャラを演じることであっても、「そういうものだ」と暗黙の了解があった。
しかし、今回の交流はそんな台本など用意されていない。
「最有力のクラブチームの……」
「今年は勝てるのか?」
「汚名返上したいんだろう。これまでのことを考えれば」
モニタのスピーカーからはそんなガヤが聞こえてくる。
足元が冷えていくような緊張感をアイたち一年生は感じた。これまでカワアイ工業高校へ嫌がらせをしてきたチーム。そのことが脳裏によぎって、公衆の面前で何か企んでいるのではないかと不安が這い寄ってくる。
しかし、それ以上に不安なのがキョーコの態度だ。サングラスをずらしてその方向に鋭い視線を送っているのが放映され、剣呑な空気が画面からも伝わってくる。
「印象悪くされたくないですね。キョーコは大丈夫なんですか?」
「大丈夫でしょ。ミミもリン先輩も先生もいるし。あ、サングラス外した」
ケイトレットとソフィの素っ頓狂な会話をしり目に、アイがサーキットへと飛び出そうと身をひるがえす。
それをマルーシャが彼女の腕をつかんで引き留める。
「どこへ?」
「キョーコ先輩たちのとこ。キョーコ先輩、すっごく怒ってるっぽいし、もし……」
「ここは黙って待つものです。先輩はあなたほど子どもではないかと」
流し目でアイを制するマルーシャ。カエルをにらむ蛇のごとく、その目には力があった。
アイは渋々踏み出そうとした足を引っ込めて、モニタに目を向ける。
「おうおう! 何しにきやがった、テメェ」
しかし、けんか腰にハーマンへ迫っていくキョーコを見てはアイもマルーシャも苦い表情が浮かぶ。
「大丈夫なの?」
「……先輩ですから」
マルーシャはアイの腕を離すことなく、気まずそうに視線をそらした。
そうしている間にもキョーコとハーマンが対面する。周りの記者も客も彼女たちを中心に円を作り、注目する。
キョーコのそばにリンたちはいない。事の成り行きを見守りながら、いかにも台本があるようにする必要があったのだ。下手に付き添って、本気だと知られれば、それだけで印象はがた落ちだ。
幸い、キョーコの粗暴さは大仰で、その上に大げさを重ねたようないかにもなスタイル。周りから見れば、多少熱の入った芝居に見えなくもない。
「ただの偵察だよ」
ハーマンはそう言いながら、キョーコから視線を外して、リンとミミリア、そして周囲を見渡す。彼はこのイベントに、アイがいるものだと考えていた。
「シカトかよ……」
キョーコは背筋を伸ばして、青筋を立てたままの顔で彼を睨んだ。
「あの一年生はどうした?」
「はぁ? チビがどうしたって?」
「いないならいい。それに------」
ハーマンはちらっと〔スーパーエイト〕を見て、大げさに肩を上下させる。
「あんなマシーンじゃ、相手にならないだろ?」
瞬間、キョーコが固く拳を握り締める。白い髪が膨れ上がるように揺れる。その目が鋭い光を宿す。
モニタで見ていたアイたち一年生、彼女の近くにいるミミリアまでもこれから起きるだろう暴挙を想像して震えあがる。
「テメェにはわかんねぇだろうが……」
キョーコがうなるようにいう。
「テメェの知ったことじゃねぇだろうが……、こっちもマジなんだよ」
ハーマンは冷ややかに彼女を見下す。
「ただのクラブだろ? 楽しくやってればいいだろ。俺たちと違って気楽じゃないか?」
それがハーマンの嫉妬でもあった。
瞬間、キョーコの手がハーマンの胸ぐらを素早く掴み、グッと引き寄せる。互いの額がぶつかる。
「悪ぃけど、あたしら勝ちにきてんだ」
「冗談は大概にしておけ」
キョーコとハーマンは互いの瞳しか見えていなかった。揺れ動かない闘士剥き出しのギラついた目。刃のきっさきを突きつけ合うような、銃口を至近距離で向け合うような、兎にも角にも危険な雰囲気があった。
しかし、周囲の人から見えれば滑稽にも映る対峙シーンだ。テレビカメラがキョーコとハーマンの仏頂面をアップで撮影すれば、ドラマのワンシーンのように見えてしまう。
「不良ドラマで見たことあるかも」
モニタを見ていたソフィがあっけらかんと言う。それからケータイに視線を落とす。
「あとで、キョーコに見せてあげよ」
「顔を真っ赤にしてギャーギャー喚く可能性があるので、やめてください」
ケイトレットもその後のキョーコの反応を想像して、ため息をつく。
そんな先輩たちのやりとりを見て、アイたち1年生たちも肩の力を抜いた。確かにテレビで見る限りは、台本的なセリフと動きだ。キョーコ本人は本気なのだが、アイたちは演技をしていると思った。
それくらい単純単調な行動なのだ。
それも、タイミングを見計らってミミリアがやんわり割って入り、そのショーは幕を下ろした。
そして、いよいよ予選開始が始まる。
オート・ガール・アスリート 平田公義 @0828
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