第4話:イベント&プライマリー!
第4-1話:イベントエリア
週末の正午。
『ゴールドスレッジ・サーキット』には多くの人が詰めかけていた。いよいよ明日に迫ったレース。その出場マシーンの車検が一般公開されるイベントがサーキットの中央で行われるのだ。
レースの出場者たちはもちろん、この日を楽しみにしていた観客たち、そして、報道陣のカメラが車検会場に続く道の両端を埋め尽くす。
その出発地点には線路が横たわり、主役を乗せた列車を待つ。
すると、列車用のワープゲートが唸りを上げる。水面のようにアーチの内側が揺らめき、徐々に空間が渦を巻いく。
「来るぞ!」
報道陣の誰かが言った。
渦巻くワープゲートの向こう側からいびつな汽笛が響いてくる。そうして、内側の渦が再び揺らめきだす。ぼこぼこと沸騰するような空間が別の場所をはっきり映し出すことには、ワープゲートの奥は暗く、まばゆいヘッドライトが輝いた。
報道陣たちがカメラを構え、レポーターたちが興奮したように指さす。
「来ました! 今期の新人を乗せたトランスポーターです」
そして、けたたましい空に響く汽笛とともにいくつもの車両を引っ張る列車が顔を出す。
減速し、ブレーキの金属音を響かせる。
それに負けない優待観客たちの歓声が上がり、サーキットのピットの上に設けられえたVIPエリアでも、スポンサーや記者たちがその様子を眺めていた。
そして、線路に貨物車両、一両が乗る。そして、ゆっくりと徐行する列車に合わせて、貨物車両のハッチが開く。
一番手のオートアスリートがまるでリムジンから降り立つスター俳優のようにゴールドスレッジ・サーキットに姿を現す。
その瞬間、集まった人たちのカメラフラッシュが瞬いた。
脚光を浴びるオートアスリートが次々と降り立ち、合わせて同チームのメカニックがマシーンを守るボディガードのようにつきそう。彼らはイベントエリアを抜けた車両を保管するエリア、パルクフェルメに向かう。
その数十メートルは、レッドカーペットにも似た興奮で渦巻いている。
オートアスリートの背部ハッチが開き、姿を見せた新人ライダーが愛想よく手を振ったりして各々アピールをしている。
しかし、そのライダーたちが各チームの主力かは怪しいところではある。
現にクラブチームに所属するハーマン・ヒューズも報道陣に混じって、ライバルチームのマシーンの品定めをしている。
「今年は、少し気合の入ったマシーンが多いか……」
「音が違いますからね。いいエンジン、回してもらったところもあるって」
ハーマンに付き添っているナビゲーターが言う。彼は第2ステージのナビゲーターで、切れ長の目でトランスポーターから降りてくるマシーンを一台一台チェックしていた。
そうしていると、声援に応えるように新たなオートアスリートが空吹かしをして、鋭い轟音を響かせる。
これにはハーマンは眉を寄せて、隣のナビゲーターに寄った。
「どこのチームだよ、あれ?」
「ああ、第2恒星系から来たチーム。新興のチームだよ」
「浮かれてんな。そういうチームも増えた感じがするし」
「カワアイ工業高校の影響だ。指折りのヒロインが初陣を飾ったレースだから、あやかりたいんだろ」
文屋が好きそうなことだ、とハーマンは肩をすくめる。
そうして、また調子のいいエンジン音が響いて、集まった人たちの歓声を湧き上がらせる。
ハーマンがその方向を見れば、嘆かわしくも彼の所属するチームのマシーン、〔シュバルツ・レパード〕であった。その背になるセカンドライダーの青年が大手振って、人の視線を集めようとしている。
「あれもそういうのか?」
「お前はああいうのできないからな。宣伝できる愛嬌もライダーの仕事だろ」
ナビゲーターは冷静にいう。
演出だよ、と呟きながら各チームのマシーンの吟味に戻る。降りてくるマシーンの姿は多種多様だが、世代的には〔シュバルツ・レパード〕に並ぶマシーンは数台程度だ。
ボディやシャシーはそのままにエンジンや人工筋肉に手を加えたものが多いのだろうが、それらをうまくチューンできているものかは怪しい。
歩く動作一つからメカニックマンはその良し悪しを判断する。この催しがチームの宣伝になると同時に、各マシーンのコンディションを推し量れる場となっている。
すでに各チームのメカニックマンたちがそこここで各車を見定め、予選と本選の作戦に反映する動きを見せている。
歓声とエンジン音の下で、メカニックマンたちの静かな戦いが繰り広げられているのだ。
そうしていると、いよいよ最後のトランスポーター車両が現れた。
ハーマンは気難しい表情でその車両を睨む。まだ、カワアイ工業高校のマシーンの姿は見えない。人垣の中にそれらしい人影もなかった。
欠場か、とも考えた。だが、その楽観的な彼の願望はトランスポーターから現れたオートアスリートの姿によって打ち砕かれた。
それは、集まった報道陣、観客たちも目を見張る真っ赤なマシーンであった。
つま先から頭部に至るまで派手な深紅に染め上げられたカウルに純白のライン装飾デザイン。ひと昔前の空力設計から導き出された痩身長駆の丸いボディラインは、先に出ているマシーンよりも頭一つ高い。さらには、厚めの胸部には肉抜きが施され、わずかな隙間から中身が垣間見える。
〔スーパーエイト〕だ。そんな骨董品じみたマシーンを使うのは、カワアイ工業高校しかいない。
そして、その時代遅れのサインアイに光が灯り、ゆっくりと歩き出す。
「悪目立ちだ……」
ハーマンはそういうが、報道陣も観客たちもその古い名車の登場にざわめく。
そして、背部のハッチが開かれるとそこには見知ったかつてのエースではなく、同じく赤いレーシングスーツに身を包んだ小さな少女がひょっこりと姿を現す。
その姿に多くの人の視線が集まる。リン・ブレックスの復帰を期待する者もいた。
しかし、その緊張してこわばった童顔に期待半分、呆れ半分の反応を示す。アイをただの新参者と見る観客たちと、彼女が元プロライダーの娘であるという情報を掴んでいる報道陣やレース出場者の差である。
その中心にいるアイにとっては、その一つ一つの反応に恥ずかしさが込み上げてくる。
「うぅ、先輩。これでいいんですか? すっごく恥ずかしいんですけど……」
「何ってるの? プロになるならこれくらいする!」
アイの耳につけているイヤホンから報道陣に混じって偵察をするミミリアの声が聞こえた。
そして、彼女に同行しているケイトレットからも疲れた声が入ってくる。
「広告塔としては、あなたが最適ですから。いつもみたいに能天気に笑ってください」
「これでガッツリ写真撮ってもらって、レースで勝って、雑誌に採用されれば、取材の依頼が来るのよ、きっと。そうすれば、依頼料が……」
「こういうところで赤字を埋めないといけないのです。頑張ってください」
アイは視界に入るミミリアとケイトレットのギラギラした目の色と先輩たちのふわふわした経済設計に疑問を抱く。
「うまくいくんですか?」
「誰のせいで修理代がかさんだと思っているんですか? つべこべ言わず、右見て笑顔、左を見てすまし顔、もう一度右見て笑顔、愛想と愛嬌でアピールです」
「……はい。善処します」
ケイトレットの矢継ぎ早な要求に、アイは精一杯応える。
そんな彼女たちのやり取りなど知らないハーマンといえば、真っ赤な〔スーパーエイト〕を観察していた。
「依然見たヤツと同型だろうが、ノーマルの〔スーパーエイト〕はあんない丸かったか?」
「改造したんだろ。レギュレーション内だろうが、あの胸部の肉抜きは大胆だな」
「空冷機構、にしてはスリッドも細いし、材質も他とは違う。ノーマルのエンジンなら熱処理の追加もいらないしな」
「ただのブラフだろう。あんな破廉恥な色のマシーンなんだからな」
ハーマンはナビゲーターの意見に賛成であった。
デザインの変更や目立つ色の選択はカワアイ工業高校にとって、レースで勝負する気迫が感じられなかった。
言うなれば、キャラクタービジネス。負けても美味しいピエロ的な立ち位置で、資金のやりくりを考えているのかもしれない。
それでプロライダーの娘というマスコットがいれば、報道陣の食いつきもいいだろう。
だが、ハーマンはそんなライダーを認めたくはない。サーキットは勝負の世界だ。勝つか負けるかの中で、ライダーやマシーンが大衆の人形に終始するのはあるべき姿ではない。
オートアスリートは機械と人のスポーツだ。全身全霊をもって、レースという大舞台に挑み、勝利を掴み取るものだ。だからこそ、勝負の重責に苦しんできた。
負けたくない。勝つために汚い手段を使った。
オートアスリートの世界はそうあるべきなのだ。レースの結果がすべて。それ以外のものに何の価値もないのだ。
ハーマンの〔スーパーエイト〕を見る顔も当然険しいものになっていた。
その気迫をアイは直感的に感じ取る。自然、その方向へ目を向ければ彼と視線が交わった。
「……!」
目の奥を射抜くような鋭く、刺々しい視線に、アイは息をのむ。
かつて散々浴びてきた軽蔑の目。下っ腹がぎゅっと握りつぶされるような痛みが走る。
しかし、そうだろうと彼女は背筋を伸ばしてインナーに締め付けられる胸をぐっと張って見せた。ここはもうサーキット。敵となるライダーが敵愾心を持っていても不思議ではない。
覚悟はしてきたはずだ。ここに立つことの意味を、ずっと昔から考えてきた。
レースで勝つこと。それのみが絶対的な証明だ、と。グッリドラインに立つまでは単なる前座だ、と考えていた。
だが、今のアイは違った。
今はこの瞬間ほど、たくさんの好奇の眼差しと押しつぶされそうなプレッシャーを感じたことはない。それが、胸の奥で喜びとなって湧き上がってくる。
この場に〔スーパー・エイト〕とともに送り出してくれたチームのみんながいてくれたからこそ感じられる熱い想いだ。
だから、アイは自然と笑みを浮かべていた。
「何を笑っているんだ、あいつは?」
ハーマンにはその笑顔の意味を理解することはできなかった。ただ、その自信に溢れた彼女に苛立ちを募らせる。
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