第八章 お龍参上
ささの葉 さらさら~♪
のきばに ゆれる
お星さま きらきら
空から 見てる
口ずさむ歌が旅館の前を流れる名もない小川のせせらぎに紛れて、溶け込むように消えていく。
そんな私の歌声を首をかしげながら不思議そうな顔をこちらに向け通りを横切る子連れのおばさんたち。
どこかで採ってくるのか、それとも買ってくるのか。子供たちの背丈ほどもある笹の枝が通りのここそこでさらさらと揺れていた。。
「ママ、泣いてるのかな」
突然、平成の世から居なくなった私を想うママを想った。
去年の短冊には何て書いたっけ
そう 大人になりたいって書いてママに笑われたんだ。
この世界に紛れ込んでもう半年、ママやパパを想って流した涙はもう枯れ果てたけど、布団の中に入って仰ぎ見る東山の月はやっぱり物悲しくしか見えない。
───ばっくとぅざ秋葉原
店の前に飾られた笹の葉にそう書かれた短冊をそっと結わえた。
お登勢さんが見つけたらなんて言うんだろうか。
「お龍ちゃん、お客さんお部屋へお通しして!」
「はーい!」
土間を吹き抜ける風が優しく頬を撫でていく。
乱れる裾を気にしながら小走りで廊下を駆け抜ける。着物はなんとか一人で着れるようになったけど足の運びは未だに覚束ない。
お登勢さんは小股を擦り合わせるよう歩けばいいと教えてくれたけど・・
「だいいち、小股ってどこよ」
はじめは質問の連続だったけど、もう投げ掛けられる言葉にいちいち反応するのはやめた。
分からないなら分からないなりにそれらしい顔をして生きていけばいい。
幸いにも周りは優しい人ばかりだ。鏡で見る自分は綺麗だし、このビジュアルのまま秋葉原に戻れるならそれもいいかもしれない。
ただ、「なんで私が女なの、それもお龍って?」
そんな気持ちをずっと隠せないでいた。
こうなってしまった現実を受け入れるのはそんなに時間はかからなかった。
役を演じている延長線上だと思えばいいんだから。
「いつかはきっと揺れ戻しが来る、ドラマや映画のエンディングはみんなそうじゃきに」
ぱるさんのそんな声も私にここで生きる力をあたえてくれてる。
でもどうせなら刀を腰に差し肩をいからせながら颯爽と京の四条通りを歩いてみたかった。
切り合いになっても負ける訳じゃないし死ぬ訳でもない。
言葉は悪いかもしれないけど切り放題で自分は不死身の世界。
まるでゲームのなかだよ、まんま龍が如く、維新。
キャップの近藤さんや沖田総司の彩姉、ぱるさんの龍馬。みんな歴史のなかで足跡を残しながら、しっかりと生きてる、そんな人達ばかり。
──お龍さん。
勉強は好きじゃなかったけど歴史は嫌いじゃなかったので日本史の知識は人並みにはあるつもり。でもこの人は残念ながらその表舞台には出てこない。
そう。唯一、誰もが知るのが寺田屋での坂本龍馬との艶っぽい出来事。
お龍さんが入浴中、龍馬さんに追っ手がかかる。新撰組か市中見回り組かそれは定かではないらしいけどかなりの数のお役人さんにこの寺田屋は取り囲まれる。
そんな居並ぶ御用提灯の灯りを私(お龍)はお風呂場の窓から確認。
身繕いもそこそこに湯船を出て上階の龍馬さんのもとへと急を知らせに駆け上がるという下り、段取り。
史実では私は浴衣を羽織った成りのすがたで帯も閉めずに湯殿を飛び出し、前をはだけた様子を気にすることもなく我を忘れたように階段を駆け上がったという。
──まじで?
それで、この事を「このまま演(や)るのぱるさん?」そう聞いたことがある。
ぱるさんは少し考えたあと悪戯っぽい笑み浮かべて
「そら、演ってもらわんといかんがやろ」
風に囁くようにそう言った。
お龍という人がどれほど豪気で龍馬をどれほど愛していたのかそれを歴史上で証明したのはその事実しかないんだから
何故かぱるさんはそこだけ標準語でそう付け加えた。
ぱるさんのなかの龍馬と島崎遥香が見えたような気がした。
「まぁどっちでもいいんだけどね」
「何を一人でぶつぶつ言ってんの、お龍ちゃん。お客さんお待ちだよ!」
「は~~い」
そう言って今日も私は小股をすりすりしながら階段を駆け上がる。
さてさて私は誰なのか、んふふっ。
幕末の桜の花びらたち マナ @sakuran48
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