epilogue

 上尾いのりを味方に付けてから私の立場は瞬く間に改善されていった。

 写真の出所はサッカー部の上級生が得た知希のスマホの写真データだった。上級生が後輩のスマホを勝手に開けてデータを盗むのが流行っていたらしかった。それに加えて、沙苗の元彼氏が別れた腹いせに、これ幸いとばかりに、私と沙苗の写真をうちの高校の生徒に送り付けたのだという。それで噂が信憑性を持ち、広がっていたようだった。

 いのりはサッカー部のマネージャーという立場を利用し、私の立場改善を図ってくれた。いのりは件の先輩と素早く事実確認を済ませて、物的証拠を回収し、先生に提出した。先生も迅速に動いてくれて、件の先輩達は揃いも揃って一週間の停学処分を宣告された。

 他にも様々なオプション(月一で学校中の窓ふき、朝校門前で先生が行っている挨拶運動の手伝いetc)が付いたらしく、いのりは「退学するより苦しめろって先生に掛け合ったのよ~」と笑っていた。その時、知希がいのりに自分の後を頼んだ理由が分かった気がした。

 いのりの後押しもあり私も堂々と胸を張って生きた。次第に噂は沈静化していった。噂や軽蔑がなくなったわけではなかったけど、ずっと楽になった。

 私はいのりと沢山の話をした。私のことだけでなく、いのりのことも聴いた。その中で合コンの一件の時、知希が各所に根回しをしてくれたことを知った。私には他校の彼氏がいることになっていたらしい。

「だから余計あんたにムカついてたのよ。それに、知希もどんだけ健気なの⁉ってね」

 いのりは中学の時から知希が好きで、私の為に知希が動いていることに嫉妬していたのだと言った。いのりが正直な気持ちを言ってくれたことが嬉しかった。

「あーそういえばあんたの弟。元気?」

 私は思わずむせた。すっかり忘れてた。

「た、大変言いにくいのですが……」

「何よ」

「あの子、私の弟じゃない」

「え?じゃあ誰の?……まさか!」

 いのりは誰の弟なのか勘付いたようで、私に掴みかかる。

「ごめんって!すっかり忘れてたの!」

「じゃあ何よ、もしかしてあの時一緒にお祭り来てたの?」

 私が渋々頷くといのりは呆れた顔をした。

「なんかもう、ここまでくると自分が馬鹿らしいわ。あームカつく!ちょっと累あんた責任取んなさいよ!」

「えーっと何が飲みたいの?」

「ス〇バの新作!」

「ははは、了解」




 年が明けて、冬が終わり、私は高二になった。加奈子とはクラスが離れ、いのりと同じクラスになった。私は心の底から安心した。

 沙苗とはもう会っていない。私はもう彼女の望む男子を演じられそうになかった。男装も女装も、人のためにやれるものじゃないのだ。

 よく晴れたその日、私は一年前に知希と出会った映画館の前にいた。

 私は躊躇わず、建物の中に入った。適当に映画を選んで見る。ベタな恋愛映画だった。

 その後、もう誰も住んでいない元小野寺家を訪れた。何度見ても人の住んでいる気配は皆無だった。

 知希が居なくなってからも根気強く、色んな人に知希の行方を尋ねたが誰一人として知希の行く先を知らなかった。知希が退学をしたことについて、皆驚いていた。知希のことを尋ねると、夜逃げをしたらしい、と言う人もいた。

 でも、もう私には真偽を確かめる方法が無かった。


 あの日、お祭りに行った日。

 知希が私を抱き締めたのは別れの挨拶のつもりだったのだろうか。

 それとも、私が期待してしまったような意味だったのか。

 不意に風が強く吹き付けて、私は空を見た。視線を上げると、近くの木に見覚えのあるものが見えた。

 私は近づいて、手を伸ばす。風になびいていたそれは、赤のラインが入った紺色のネクタイだった。

 刺繍を確認すると、やはり私の通っている高校のものだった。

 私はずっとこれが欲しかった。それはまるで男の子のためのモノのように思えたから。

 私はブラウスの上からネクタイを巻いた。鏡が無かったので、感触だけを頼りに手探りでやってみる。

 形を整えて、私はふっと笑った。

 鏡を見なくても分かる。私にこれは必要ない。



                                     終

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空とネクタイ 紫蘭 @tsubakinarugami

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