第24話 永遠の時間
「ところで、あなたどうやってここまで来たの」
夏菜が、青年を見た。
「不思議なカヌーが流れて来たんだ」
「あっ、あのカヌーだわ」
幸子が大きな声を出した。
「やっぱり、そういうカヌーなのよ」
夏菜が言った。
「この島に着いたら、またどこかへ行ってしまったけど」
「やっぱりあのカヌーだわ」
幸子が言った。
「あっ」
その時、幸子が何かを思い出したように突然叫んだ。
「どうしたの?」
夏菜が幸子を見た。
「スバル55、海に沈んじゃった」
「あっ、そうだ」
夏菜もそこで初めて思い出した。
「いいよ」
「あなたにあげる約束だったわ」
「いいんだ」
「ほんとにいいの?」
夏菜が確かめるように青年の顔をのぞき込んだ。
「うん、おかげで生きがいが出来た」
青年は嬉しそうだった。
「どういうこと?」
幸子が首を傾げる。
「僕は沈んだスバル55を引き上げることに人生をかけるよ。それが僕のこれからの生きがいだ。そしてスバル55を直して、また旅に出るんだ」
「わたしも手伝う」
幸子が言った。
「うん」
青年がうなずく。
「俺はやるぞぉ~」
青年はやる気に満ち満ちていた。
「でも、あなたのハンモックはないわよ」
夏菜が言った。
「僕はのんびりするより、体を動かしていた方が好きなんだ。どうだい、また、紅茶、飲みたくないかい」
「とっても飲みたいわ」
「うん、飲みた~い」
夏菜たちがそう言うか否か、もう青年はもう火を起こす準備に取り掛かっていた。
「スパゲッティもたくさんある」
「やったぁ~」
幸子が歓喜の声を発した。
すぐに焚火は火の勢いを持ってパチパチと音を立てた。
「スバル55、今頃どうしてるんだろ」
幸子が呟いた。
「きっと、海の中でもうまくやってるさ。そういう車なんだ」
青年は断言した。
「まあ、そうね」
夏菜は青年の持ってきたオレンジを齧りながら、のんびりと言った。
その海に沈んだスバル55はというと、たくさんの海の生き物たちの隠れ家やお家、休憩場所になっていた。青年の想像通り、スバル55はたくさんの様々な海の生き物たちに囲まれ、にこにこと幸せそうだった。
「それにしてもフルーツの木が無いなんて・・、それがあれば完璧なのに」
夏菜はまだそこにこだわっていた。
「はい、紅茶だ。これを飲んで機嫌を直して」
青年が夏菜の前に紅茶のカップを差し出す。
「ありがとう」
「確かに、フルーツがあれば、特別おいしいトロピカルドリンクが作ってあげられるんだけど・・」
「それ飲みた~い」
幸子が叫んだ。
「ほんとに、南の島として怠慢だわ」
夏菜は怒り心頭に、紅茶をすすった。
夏菜と幸子、旅人の青年も気づいていなかったが、南の島を囲む広大な海から、次から次へと、世界中から様々なフルーツが夏菜たちのいる南の島の南の浜辺に流れついていた。この島は世界で唯一のフルーツの集まる島だった。
「うん、おいしい」
紅茶をすすると、夏菜の機嫌はたちどころに良くなった。
「やっぱりあなたの入れてくれた紅茶は最高ね」
「うん、おいしい」
隣りで幸子も呟く。
「君にはこれだ」
リトルベアには牛乳の入った器が置かれた。青年が幸子のハンモックから、リトルベアを抱え上げると、器の前に静かに置いた。リトルベアは、すぐに目の前の牛乳を嬉しそうにぺろぺろと舐め始めた。
全ての給仕が終わると、青年は満足そうに、夏菜たちをにこにこと眺めた。
そんな三人と一匹がいる南の島と、それを囲むスバル55の沈む広大な海を、ゆっくりと穏やかな時間を漂う夏の風が、のんびりと吹き抜けていく。それは、どこまでもどこまでも永遠だった。
(おしまい)
毎日が南の島の夏休み ロッドユール @rod0yuuru
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