第23話 隣りの南の島

「とりあえず私が先に泳いで、行ってみるわ」

 しばらく考えてから、夏菜はそう言って、海の中へとバシャバシャと入って行った。そして、両腕を伸ばし、素晴らしい脚力とバネで、空中に、華麗にきれいな曲線を描いて海に飛び込んだ。

 パシャン

 夏菜は海の表面を滑るように、流れていく。

「・・・」

 しかし、飛び込み、海に浮いた夏菜は、泳ごうとせず、しばらく海の上を、腕を伸ばしたままうつ伏せにぷかぷかと流れるままに浮いていた。

「どうしたの?」

 幸子が訊いた。

「・・・」

 すると、夏菜は突如立ち上がり、海の上に立った。

「あっ、浅い」

 幸子が夏菜の足元を見た。 

 隣りの島は歩いて渡れた。

「なあんだ」

 隣りの島までの海の深さは一番深いところでも幸子の膝下くらいしかなかった。

 夏菜と、リトルベアを抱えた幸子は、隣りの南の島へと海の中を楽々と歩いて渡って行った。


「おねえちゃんどう、夢にまで見た、南の島のハンモックは」

 幸子が夏菜に訊いた。海の見えるヤシの木の木陰で、二人は並んで大きなハンモックに揺られていた。

 輝く日差しに、白い砂浜、透き通る海、のんびりとした時間と風。全てが心地よく流れていた。

「思ったより、大したことないわね」

「ふふふっ。わたしは気持ち良いわ」

 幸子はまだまだたくさん残っているトランクの中のお菓子を食べながら、自らのハンモックを嬉しそうに揺らした。そのお腹の上にはリトルベアがちょこんと乗っかって、ハンモックの心地良い揺れに、うとうととしあわせそうに眠っていた。

「フルーツが無いわ。南の島はフルーツの宝庫でなくちゃいけないはずよ。手が届く所に常に常時、フルーツが生っていなくちゃいけないのよ。フルーツの生っている木が無いなんて南の島失格よ」

 夏菜は両手を広げ一人不満気だった。

「これから植えればいいじゃない」

「そんな悠長なことは嫌い。今すぐ。今すぐ欲しいの。南の島のフルーツが」

 その時、夏菜の上に人影が差した。

「はいっ、オレンジ」

「あら、北に行ったんじゃなかったのかしら」

 夏菜はオレンジを受け取り、その人影の主に言った。

「僕も南に行くことにしたんだ」

 それはスパゲッティ料理の得意な自転車の旅人だった。

「旅は自由であるべきだわ」

「うん」

「それに気まぐれであるべき」

「うん、それから途中でこれを預かった」

「何?」

「君に手紙だ」

 夏菜は不思議そうに青年の手に持っていた手紙を受け取った。

「誰から?」

 隣りで幸子が興味津々にのぞき込む。幸子が上体を起こすと、そのお腹からコロコロとリトルベアが転げ落ち、何事かと寝ぼけまなこで目を覚ました。

「あらっ、パパからだわ」

 夏菜は、受け取った手紙を裏返し、あて名を見た。

「あらっ、パパ、生きてたのね」

 夏菜は早速手紙を開いて読み始める。 

「おじさん生きてたの」

「うん、ママも見つかったって」

「へぇ~、すご~い」

 隣りのハンモックから幸子がさらに首を長く伸ばす。

「あらっ、ママはアラブの石油女王だったのね」

 夏菜が素っ頓狂な声を上げる。

「へぇ~、すご~い」

「私の人生は何て不幸なんでしょう」

 夏菜はそう言って嘆息を漏らした。

「でも、おねえちゃん世界一のお金持ちだよ」

「それが不幸なのよ」

「でも、良かったね。お姉ちゃん。パパとママが見つかって」

 しかし、夏菜はそこで「ふ~っ」っとため息をついた。

「せっかく、何もかも失って天涯孤独を味わっていたのに・・」

「またチャンスはあるわよ」

「それもそうね。みんな、いずれは死ぬわけだし・・」

 夏菜は、再びハンモックに身を預け、その自らのハンモックを大きく揺らした。

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