オムライス

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オムライス

「僕君が作るオムライスってすっごく美味しそう!」

「そりゃどうも。なんならまかないで作ろうか?」

「ほんと!?」

「いいよ、どうせ暇だし。」


僕は君が苦手だった。

のんびり、マイペースで天真爛漫、僕に無いものをたくさん持ち過ぎていたからだと思う。


それでも君に賄いを作るようになってから、色んな話をするようになった。


「今日もふわふわぁ...、僕君のオムライス食べれて、幸せ...。」

「......そういえば君はさあ、美大生なんだろう?絵を描いてるの?」

「もちろん!」

「見せてよ。」

「えぇ...。」

「アトリエとかってあるの?」

「あるけど...。」


君の困っている顔を見たのは初めてだ。

「じゃあ、行くわ」

「ほ、本当に言ってる?」

「おう。」


僕は君の絵を見て心底驚いた。

普段の君からは想像もつかないほど繊細に描かれた君の海の絵は、どこまでも澄んだ瑞々みずみずしい青色で、本当に美しかったんだ。

何かに溺れるかのように僕は、君の絵と、君に恋をした。


「君の絵が好きだ。」

「え...あ...へへ、ありがとう。」

君は照れくさそうにうつむいている。

「この裏返しの絵は?」

「あ!あ!あ!それは見ちゃダメ!」


付き合い始めてからも君は、僕のオムライスが食べたいと言った。家でも、店でも。

「君には才能があるよ。将来は画家になるんだろう?」

「......うーん、どうだろう。なれたら......いいなあ。」

なぜか君は寂しそうに笑う。

「そんなことより、オムライス食わせろ!」

「また?昨日も店で食べたじゃん。」

「いーや、今僕君のオムライスが食べたいの!」

君はいつでも僕が作るご飯を幸せそうな笑顔で食べた。

僕はそれが、いつも嬉しかった。


付き合い始めて二年が経ち、やっと僕の就職が決まったあの夏頃、君はよく体調を崩すようになった。そして秋口になり、ついに君は入院することになったんだ。


「今日は...どう?」

「うん、だいじょぶ。へっちゃらだよ。」

体は去年よりずっと細くなり、肌は青白い。

「心配かけてごめんね...すぐ元気になるからね......。」

そう笑う君の弱々しい笑顔を見て、僕は涙が止まらなかった。

食事はもう、ずっと前から流動食になっていた。



「オムライス......たべたい.......。」

その年の大晦日、彼女は死んだ。


皆泣いた。でも僕はなぜか泣けなかった。

大切な何かが、無くなってしまった。




君が亡くなってから丁度一週間目の朝、無気力な僕の元に一本の電話が掛かってきた。

「もしもし、僕さんですか?あの......彼女の、アトリエに行ってあげてくれませんか?」

君の母親からだった。


そして今日、僕は再び君のアトリエを訪れたんだ。

オイルの独特の匂いに包まれたこのアトリエは君が確かに居た場所だ。

アトリエの一角にある君のスペースには見上げるほど大きな絵が立て掛けられていた。


「これは......。」


君の海だ。

そこには彼女にしか描けない、透明な青い世界が広がっていた。

左下に描かれた小さなボートには、2人の男女が仲良く笑っている。


君が最後の力を振り絞って描いたその作品を前に、僕は君が死んでから初めて泣いた。

声をあげて泣いた。


アトリエの隅には前と同じように裏返されたキャンパスが立てかけられている。

しばらく泣いてから落ち着いた僕は、そのキャンパスを手に取った。

その絵の右下の方には、新たに書き加えられたかのように白いインクで文字が書かれている。


僕!大好きだよ!私のこと、忘れないでね。オムライス、また食べたいなあ。


その絵の中で僕は笑っていた。

「ふふ.......うん。またいつかね。僕も、君のことが大好きだよ。」


しばらくして、僕は彼女のアトリエを出た。

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オムライス St @tamabi-s

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