金の林檎と奇跡の子
銀礫
金の林檎と奇跡の子
この世界は、一度滅びかけた。
人類が繁栄していた惑星に突如出現した謎のウイルス。このウイルスに感染した人間は、「不死者」と呼ばれる怪物へ変化した。
「不死者」となった人間は、その名の通り、通常致死するような外傷を受けようとも、その動きが止まることはない。
しかし、その意識は完全に消滅し、ただその歯で動くものを噛み砕くだけの存在となる。
まるで、昔流行ったゾンビ映画さながらだと、当時を知る者はそう後世に伝えたらしい。
感染者から逃れ、かつての人口の38%に減った健康な人類は、高い城壁の中、天空の戦艦、深く暗い地下……実に様々な場所へ逃げていった。
しかし、少しずつ拡大する感染地域に、人類は精神的に追い詰められていった。「あの日」を迎える数年前では、感染者より自殺者の方が多かったという。
そして、「あの日」がやってくる。
天才生物学者Dr.クラフトが、不死者に対抗する手段を、偶然発見した。
それは「金の林檎」と呼ばれる果実の分泌物。ありふれた林檎の実を遺伝子改造して作ったものだが、別に金色なわけでもない。
もともと、この林檎は、食料の確保のため、狭い土地でも効率よく成長するように作られたものだった。
Dr.クラフトがこの林檎を収穫している際、突如現れた不死者に驚いて投げつけたところ、不死者の動きが鈍くなったことが、この奇跡の発見のきっかけだったという。
この「金の林檎」を活用して、人類は攻勢作戦に出た。
不死者の動きを止め、完膚なきまでに"処理"をする。
こうして、この惑星から不死者はほとんどいなくなった。
また、「金の林檎」は人類にさらなる奇跡をもたらした。
それは、不死者の浄化である。
不死者となってしまった人間を、普通の人間へ戻すことに成功したのだ。
最初に浄化された男女の二人は、アダムとイヴと呼ばれた。
そして、この二人は子を産み出した。その子供もまた、健康な人間だった。
産まれた子供たちはまた子孫を残し、浄化された者の子孫は増えていった。
通称「奇跡の子」と呼ばれる存在の登場である。
浄化された者、または「奇跡の子」は、徹底的な管理の元に育てられている。
その理由としては、いつまた不死者へと変貌するか分からないから、とのこと。
実は、金の林檎が不死者のウイルスに効果をもたらす科学的根拠は、明らかになっていない。
だからこそ、その効果の確実性もまた、あやふやであるということらしい。
僕は、金の林檎が不死者のウイルスへ効果をもたらす理由を研究している。
そして、去年、とうとうその因果関係を解明した。
しかし、報告はしていない。全て、僕の頭の中にしまっている。
なぜか。
この研究を、より発展させるため、だ。
かつて、浄化された本人、または浄化された本人と血縁が近い奇跡の子は、本当に、たびたび不死者へと変貌したらしい。
そんなときは、直ちに対象の不死者は"処理"をされることになっていた。だからこその、徹底管理。
しかし、それももう昔のこと。
不死者の血が薄くなったからか、不死者へと戻る子はもはやいないと言っても過言ではなくなった。
すると、この管理体制は、別の目的のもとに機能するようになった。
それは、奴隷の生産。
働けなくなったもの、命令に背くもの、障害のあるもの、そんな奇跡の子を効率的に"処理"しながら、従順な労働力を確保するための、徹底管理。
表向きは、不死者へ戻った者への対応という目的のままで。
本来ならば、奇跡の子本人に、ここまでの情報は教えられない。
でも、僕は知っている。
僕もまた、奇跡の子であるにもかかわらず。
なぜか?
僕は、優秀だったから。
学がなく、馬車馬のように働かされ、身体を壊して"処理"された両親とは違って。
僕は、従順だったから。
管理者の命令に歯向かって"処理"された兄や友人たちとは違って。
僕は、健康だったから。
子供が埋めないからと"処理"された妹とは違って。
そして、僕に対する管理は、日に日に甘いものになっていった。
ついに、研究は完成した。
金の林檎でも浄化されない、不死者の呪いを。
その呪いをこめた禁断の果実が、いま、この手に握られている。
涙は出なかった。
声を荒げることもなかった。
たぶん、そんな機能は麻痺してしまったのだろう。
それでも、これから行うことをやめるつもりはなかった。
これが、僕に残された意志というやつなのだろう。
最期の言葉は、ずっと前から考えていた。
「こんな社会に、奇跡なんか起きるべきじゃなかったんだ。」
そして僕は、手元の林檎に齧りついた。
金の林檎と奇跡の子 銀礫 @ginleki
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