朝が来た

七星

第1話 朝が来た




 紙のめくれる音がする。


 ぺらりと音がしたかと思えば、十数秒後にまた音がする。私は胡乱気な眼差しを彼に向けた。


「それ、何冊目?」

「んー……多分、三千七百五十四冊」

「……あっそう」


 呆れた。


「読みすぎでしょ」

「お前こそ、それ何冊目だよ」

「五百六十二冊目ですけど」

「書きすぎだろ」

「あんたの六分の一でしょ」

「書くと読むとじゃ大違いだっつの」


 互いに睨み合い、ため息をついて黙り込む。

 窓から入る潮風がざらりと肌を撫でた。


「つーかお前、なんでここいんの」

「図書室なんだから別にいたっていいでしょ」


 寮の中に図書室があるのも変だが、あるのだから仕方がない。


「本読まねえくせに」

「書いてんだからいいのよ」

「どういう理屈だよ……」


 文句を言いつつも彼のページを繰る手は止まらないし、私の書く手も止まらない。周りが慌ただしく駆け回る中、そこだけが切り取られたように静かだった。


 歴史書はどこだと司書が叫ぶ。私達の手は止まらない。



「お前、明日どこ行くんだよ」

「明日? あー、学校ないんだっけ、そういえば」

「また忘れてたのか。お前毎週頭から抜けるよな」



 流石に毎週は抜けないと思うが、否定出来ない。


「そういうあんたはまた柱に額激突させてたでしょ。詰め込むのも大概にしないと覚えた先から抜けてくわよ」

「……見てたのかよ」


 今度は彼がバツの悪そうな顔をする。私は素知らぬ顔で文字を書き続けた。


「全く、暗記にはインプットとアウトプットが必要でしょうがよ」

「暗記とか言うな。あとお前が言うな」

「私はちゃんとインプットもしてますー」


 とんとんとヘッドホンを叩いた。

 そのとき。


「おい、てめえら」


 同時に顔を上げると、そこには作業服を着た男が一人。


「部長」


 声が揃った。男はそれには反応せずに顎をしゃくった。


「朝が来た」


 端的な説明に私達はぱちりと瞬くと、同時にがばっと跳ね上がってその場に立った。

 揃った動きでリュックを背負い、男を追い越して走りだす。

 寮の入り口まで辿り着き、扉を勢いよく開けた先、久方ぶりの黎明にぽつりぽつりと黒点が浮かぶのが見えた。


 寮内に機械的な放送が流れ始める。


『天使が現れました。推定二十体です』


 世界に『天使』と呼ばれる生命体が出現してから丸一年。彼らは大人だけを殺戮し、今やこの世には十八歳以下の子供しか存在しない。学校も、もうない。

『天使』は十九になった子供を殺しに来る。



 そんな中で、ワープホールと呼ばれる穴から次々と本が現れた。名も知らない並行世界の歴史書に書かれた『天使』の情報を彼はひたすら記憶できる。私はヘッドホンからの、何故か私にしか聞こえない平行世界の状況を小説におこす。

 それが、私達に備わった力だから。


 がしゃんと音を立てたのは、リュックから飛び出した機械の腕。隣では彼も似たような格好で構えている。



「じゃ、今日も先輩達を守るとすっか」

「足引っ張んないでよ」

「そっちこそ」


 不規則に現れる朝の中で、私と彼は地を蹴った。

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朝が来た 七星 @sichisei

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