夜宴の客・07




「どういった理由で?」



「宮廷内に妖力者がいないか調べてほしいのだ」



 ユリィはしばらく思案した。



 栄柊はどこまで綵珪に言ってあるのだろう。


 教えたのは妖力持ちのことだけか、それとも幻獣使いであることも?



(栄柊から私に直接話がなかったのは、自分で判断しなさいということなのだろうか)




「私ができるのは占術くらいですよ」



「妖力持ちかそうでないかを判断できるのだろ?」



「もしも妖力持ちが宮廷内にいたとして、何か問題でも?」



 綵珪はユリィから視線を逸らし、小さく息を吐いた。



 何か問題を抱えている様子が伺える。



(演技には見えないが………)




「ここだけの話にしてほしいのだが」



「わかりました」



 綵珪はユリィが頷くのを見てから話し始めた。



「今年に入ってから帝城内で恐ろしい姿をした獣の目撃情報が度々あるのだ。

 最近ではそれを見た者は呪われるという噂まで出回っている」



「その獣が妖獣だと?」



「他に何だと言うんだ?」



「〈妖獣〉という言葉で一括りにしないでください。恐ろしい姿の獣が全て妖獣だとは限りません。中には美しい姿で人を惑わす妖獣もいますよ」



「そ、そうなのか………」



「どのような姿なんです?」



「大きく裂けた口には両牙があり、貌と体は黒い獅子で紅い眼を光らせていて、背には翼があったそうだ」




「ではその妖獣が人を襲ったりでもしたのですか? 」




「いや、それはないんだが。噂が現実になっている」



「呪われる、というやつですか?」




「妖獣を見た者が最近相次いで五人行方不明になり、二人が変死体で見つかったのだ」



「宮廷ではそれが妖力持ちの仕業だと?」




 綵珪は頷いた。



「妖力者の中には妖獣を使役したり、呪術を使うことができる者がいると聞いたことがあるからな」




 ───妖獣使役を聞いたことがある、という程度ならば、私が「幻獣使い」だとはまだ知らされていないのだろうか。




(それにしても。呪、か………)



 李昌とかいうあの官吏も、広間でユリィに呪のことを質問した。



 ───いや、聞き出そうとしていたように思う。



 そしてその話の流れから、こうしてこの男に一晩買われたのだ。



 李昌と綵珪の間で会話の段取りでもできていたのだろうか。




「でももしも、それが本当に妖力者の仕業だとしたら。何のためにそんなことを?」




 綵珪はわからないと言うように首を振った。



「こちらとしては何か少しでも手がかりがほしい」




 綵珪の言葉にユリィは迷った。


 興味がないと言ったら嘘になるが。



 そう簡単に引き受けられるような話でもない。



(慎重にならないと………)



「その変死で見つかった二人というのは官吏なのですか?」



「官吏と女官だ」



「でもその二人の死が呪いのせいだとなぜ言えるんです?事故や病気の可能性はないんですか?」



「ないな」



 あっさりとした返事に、ユリィは違和感を覚えた。




 呪われているなんて、どうしてわかるのだろう。



「行方不明になっている三人はどんな人物です?」




「これ以上の話は君が依頼を引き受けてからになる」




 ───あっそ。


 結局すべては話せないわけか。




「今夜中にお返事をしなければいけませんか?」




「なるべく早くと言いたいところだ。俺もそんなにはここへ通えないのでね」




「ではもしも引き受けたなら私が帝城へ通うのですか?」



「通うのではなく、しばらく滞在してもらうことになるな」




(こいつ、本気か⁉)



 王太子が花街の妓女を宮中に呼び寄せて滞在させるなんて、そんなこと許されないだろうに。



 身請けであればまた話も違ってくるが。


 しかしそれはそれでまた問題になるにちがいない。



「もちろん、妓女であることは隠してもらう。俺付きの宮女ということにしておけばいい」




「ではもう一つだけ、答えられたらでいいですが」



 ユリィは言った。



「なぜ王太子でもあるあなたが調査などしているんです?」



「それは俺が一番の適任者だからだ。これはさっきの質問の答えと少し重なるが………俺はワケあって〈呪〉には敏感でね」



(………敏感?)



「君が妖力に敏感なように。

 ───ああ、そうだ。逆に訊きたいのだが、俺に何か感じるものはないか?」



(はぁ?なんだよ突然………)



 悪夢を感じてます、なんて言えるかっつの!



 一瞬、ムッとしながら思ったユリィだったが。



 ───そろそろ仕事始めないといい加減ヤバい!



 ユリィは気持ちを切り替え、綵珪を真っ直ぐに見つめて言った。



「かなり以前からよく眠れてませんね?

 日々忙しい政務だけでなく、妖獣調査の他にも何かワケがあるせいでは?」



 綵珪の表情の変化をユリィは見逃さなかった。



「占診をさせてはもらえませんか? 私も買われたからには、仕事をしないといけないので」



「仕事………。そうか」



 綵珪はポツリとつぶやいただけでまた黙ってしまった。




 ───むむっ。


 あともうひと押しっ。




「私を一晩買ったということは、私の売りでもある「占」も買ったということになります。

 それに、お客様を少しでも満足させられなければ女将にも怒られますので」




(今夜の蓮李はこいつからかなりの金が取れたことで、上機嫌だから怒るなんてことはないだろうけど)




「わかった。では君の占診とやらを試すとしよう」





 その瞬間、まるで綵珪の言葉を待っていたかのように、幻獣〈獏〉の鼓動がユリィの中で大きく高鳴りはじめた。










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