幻獣・01



 ◇◇◇



「ではこちらへ」



 ユリィは綵珪を奥の間へと誘う。



 行燈の薄明かりの中、天井から壁、そして床まで濃い紫色に塗られた奥部屋には中央に天蓋のついた大きな寝台が置かれてあった。


 天蓋の柱には細やかな花模様の彫りがあり、白い紗布と共に吊る下げられた銀細工と紅玉の飾りが明かりに反射し、室内を淡く灯していた。



 寝台の上に用意された青紫色の夜具は金糸で蘭を模った刺繍で統一され、まさに「紫蘭の間」と呼ぶに相応しい部屋だった。




「まずは足を伸ばしてお座りください」



「ここで占を?」



 なにやら戸惑っている様子の綵珪だったが、ユリィは構わず答えた。




「はい、何か問題でも?」




「いや………」




「さぁ、どうぞ」




 ユリィは寝台へ上がるように促した。



 綵珪が言われた通りに足を伸ばして座ると、ユリィも沓を脱ぎ寝台へ上がった。



 そして躊躇ためらいもなく羽織っていた白い透編レースみの衣をスルリと脱いだ。



 羽織りの下に纏う服は風通しが良過ぎるくらいに透けた意匠デザインだ。


 そして素肌にそれ一枚だけである。




「ぉ、おい………なぜ脱ぐ」



「暑いからです」



 至近距離では否が応でも裸に近い身体が見えてしまうが、ユリィは気にする風でもなく、綵珪の脚を跨ぎ、そのまま膝へと腰を下ろした。



「いや、しかしこの体勢は………」




 驚いて動揺しているような綵珪の態度が意外だった。



「何をそんなに驚くのです?」



 こういう場所は初めてではないと、面布を取って顔を見せたときに言ったくせに。



(なに慌ててんだか)



「女の裸なんて見飽きてるでしょうに」



「それは語弊があるぞ」



 綵珪はムッとしながら訊いた。



「君の占はいつもこうなのか?」



「こう、とは?」



「占というものは、もっと慎ましやかに行うものかと思っていたが」



 慎ましやか、という言い方がなんだか可笑しく、ユリィは吹き出しそうになった。



 そういった占い方がないわけではないが。



「ここをどこだとお思いで?私の占は愉しむコトも込みなんで。それに………」



 ユリィは白く細い腕を伸ばして綵珪の肩に触れた。



「占診は触れなきゃ診れないんですよ。御召し物を外してもよろしいですか?」



「着たままでは駄目なのか?」



「はい。素肌に直接触らなきゃダメです」




 ユリィはゆっくりと腰を上げながら、もう片方の手で綵珪の広い胸元に触れた。



 正絹しょうけんで仕立てられた単衣の上衣は品の良い松葉色。


 重ねた襟元が緩まぬよう右胸の辺りで留めてある飾り紐を解き、ユリィは慣れた手つきで衣の胸元を広げ、肩から下ろした。



 手触りの良い絹のせいか、夏向きに風通しよく仕立ててあるせいか。


 ゆったりとした上衣はサラリと敷布の上に落ちた。



 腹掛肌着けから覗く胸の厚みや腕の逞しさから、かなり鍛えている身体つきだと判る。



 ユリィは両腕を綵珪の首の後ろへ回し、腹掛けの紐を解いた。



「どこまで脱がすつもりだ」



 答えずに見上げると、間近に藍色の瞳があった。



 初めて見たときは憂いを帯びたように見えていたが、今はなんだか覇気を感じさせる光がある。



 そして燃えるように浮かび上がる綵珪のあかい髪色は、紫紺に包まれた部屋の中で妖しくも美しい彩を添えていた。



(奇麗だな………)



 ぼんやりと思ったとき、綵珪の腕がユリィの腰に伸びた。



「されるがままではこちらももどかしい」



 ユリィの耳元に唇を寄せて言いながら、綵珪の手が蝶々に結んだ腰帯をシュルッと解いた。



 ユリィの着ている服の背は大きく開いていて肩紐だけが後ろで交差し、腰の帯へと繋がっている。



 帯で腰元を絞り、緩さなどを調節するので、ここを解くと簡単に脱げる仕様になっていた。



 緩んだ肩紐が落ち、胸元が露わになる。



(───その調子、その調子)



 ユリィは密かに笑む。



 相手の気がこちらに向けば向くほどユリィの中の〈貘〉は動きやすくなるのだ。



(私の裸の記憶は後でしっかり記憶消去見なかったコトにさせてもらうから!)



 ユリィがはだけかけた胸元へ衣を寄せる仕草をすると、綵珪の腕にぎゅっと抱かれた。



 触れ合う肌が熱い。



 綵珪から伝わる熱量はかなり高い。



(私の熱と上手く交われそうだ)




「………綵珪さま。もう少し腕をゆるめてくださいませんか………」



(暑苦しいだろ!)



「占診はいつ始まるのだ?」



 綵珪は緩めた腕をユリィの髪に絡ませながら訊いた。



「始まってますよ、もう………」




 ユリィは腕の力を緩めた綵珪に、今度は自ら抱きついた。





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