夜宴の客・04




 ユリィは口を閉ざした。



 ここで「なぜそれを知っている」と言ってしまえば、自分が本当に妖力持ちであることが知られてしまう。



 ユリィが「妖力持ち」で「幻獣使い」であることを知っているのは栄柊と蓮李だけなのだ。



 占売りも占診も催眠療法も、妖力と術を上手く使いながらの商売で、客はもちろん、他の妓女にもバレないように心がけている。



 皆はユリィのことを「占女」としての素質があり、占の修行を積んでいるのだと思っている。



 それに、妖力持ちかそうでないかは同胞でしか判らない。



 栄柊もユリィが妖力持ちだと知ったのは拾ってからかなり後で、蓮李が気付いたから教えてもらえたのだと聞いている。



(でもこいつはそうじゃない)



 悪夢は持ってるが妖力持ちではない。



(なのになぜ私のことを………?)



 こんなことは初めてで、冷静にならなければと思うのに。



 こんなときに限って身の内でドクドクと血潮がたぎるように感じるのは、覆面が抱えている「悪夢」に〈獏〉が反応しているからか。



 早く喰らいたくて、うずうずしてるのだ。



 ───も少し落ち着けってば!



 ユリィは獏と自分に言い聞かせた。




「あまり警戒させてはいけないな。

 ………後の交渉に差し支える。まずは公平フェアにいくとしよう」



 覆面男はぶつぶつと言いながら顔を覆う布に手をかけた。



 よく見るとそれは薄い布が幾重にも重なっているような覆面で、通気性は良さそうだった。



 そして頭の後ろに付いた細い紐で緩さなどを調節しているらしく、紐が解かれると布はハラリと外れた。



(赤い髪⁉)



 行燈に照らされてあかく光る髪がユリィの目に飛び込んできた。



 染めているにしても緋なんて珍しい。



 年齢はどのくらいだろうか。


 二十代半ばだと推測する。



 ぶるん、と頭を振り、ふぅと息を吐いたその顔立ちは鼻梁といい、憂いのある藍色の瞳といい、どれも整い過ぎていると言ってもいいほどに目立つ。



 確かにこんな素顔で店に来られたら、妓楼の美姫たちも言葉を失うほど驚くだろう。



 貴人の客に腰が引けるか、逆に虜となり執着してしまうか。


 いろんな意味で大変なことになりそうな容姿だ。



「こういう場所は初めてではないが、妓女の前で顔を晒すのは初めてになるな」



 前髪をかき上げながら、男はユリィを見つめた。




「俺の素性を明かす代わりにおまえの秘密は守ろう。名はらん 綵珪さいけいだ」




(藍………)



 この国『橙藍トウラン』で【藍】を名乗れるのは王族だけだが。



 簡単に信じられるわけがない。



 さすがに国の王太子と同じ名を名乗る奴は初めて見たが。



 妓女相手にうそぶく客は多いのだ。



 身なりも見てくれも上等だから、初心ウブな娘ならコロリと騙せるかもしれないが。



「随分と高貴なお名前ですね。でもこういう場所で偽名を使うお客さまって大勢いらっしゃいますから」



 本物であれば無礼千万だろうが、名前だけでは本物である証拠にはならない。



 ユリィの言葉に綵珪は顔色を変えることなく言った。



「そうか。簡単には信じてもらえそうもないか」




 当たり前だ。


 顔見せできないようなワケありな奴を、最初から信用なんてするものか。



「名前だけで信じろとは無理な話です」




 真っ直ぐな眼差しできっぱりと言うユリィを、綵珪は改まってじっと見つめた。



「なるほど。女将の言う通りのようだ」



(───は?蓮李がなに?)



「君は簡単にはなびかない娘だと言っていた。妓女のくせに身持ちが堅いともね。

 ………まぁ、簡単に信じて騙されてしまうよりはいいと思うが」




(喧嘩売ってんのかこらぁ!)




「………お客さん、一体何が言いたいんです?」





 今度はしっかりと意識しながら、ユリィは綵珪を睨んだ。







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