夜宴の客・02



 ♢♢♢



 舞を終えたユリィは覆面の横に座った。



「ユリィと申します。───どうぞ」



 酒瓶を手に取り向けると、覆面は無言で空になった盃をユリィに差し出した。




 覆面から覗く瞳は黒に近いが、ほんのりと青みがあるようにも見えた。



 睫毛が長くて綺麗な目をしている。




 大広間に二胡の演奏が響き、妓女の舞踏がまた始まった。



 見れば二胡も舞踏も二人の官吏に付いていた妓女だ。



 客が望まなければ妓女が勝手に芸事を披露することはない。



 どうやら二人は色より芸を好む官吏のようだ。




「よく当たる占を売る妓女とはおまえか?」



 問いかけてきたのは覆面から一番近い位置に座っていた若い官吏だった。




「いつも当たるとは限りません。ときには外れることもあります」



「どんな占があるのだ? 占い方もいろいろあるのだろうな」



「───はい」



「札を並べたり水晶を視るなどは聞いたことがあるが。他にも何かあるのか?」



 若い役人は興味津々といった様子で、人懐こい笑みを向けながらユリィに訊いてくる。



(こいつ、妓女に芸事を望んだくせに全然観る気無しじゃないか)



 こういう客にはなんとなく不信感が募るユリィだった。



「ええ、そうですねぇ………」



 ユリィは曖昧に返事をした。





 愛想笑いと考えるフリをする裏で、ユリィは髭の男の方をこっそりと見つめる。



 こちらは舞い踊る妓女に視線を向けていた。


 時折目を閉じ、二胡の音色に聴き入っている様子だ。




(でもなぁ。嫌な「気」はこのおじさんから感じるんだよなぁ)



 病み憑きの邪気が。



 そしてこれも予想した通り覆面からも「悪夢持ち」の気配が漂う。




「おい、勿体ぶらずに教えてくれ」



 口を閉ざしたままのユリィに、若い官吏は痺れを切らした様子だった。



「業務秘密なので言えません」



 営業用の微笑みを浮かべながらユリィは答えた。



「では質問を変えるとしよう。占売りには呪術も含まれるのか?」



「………呪、でごさいますか?」



 ユリィは身の内に〈貘〉の気配とは別にざわつくものを感じた。



 ───こいつ、何が言いたいんだ?


 ………いや、訊きたいのか?




「そのようなことを聞かれたのは初めてですわ」



 こう言って、ユリィは驚いた表情を浮かべてみせながら考える。



 ───訊きたい、ではない。


 聞き出したい………のか?



 私から………。




「呪術」などという物騒な言葉、宴の席で言うものではない。



 付いていた妓女に観る気もない芸事をさせ、席を外させたのはこの話題のためか?



 温厚で人当たりの良さそうな青年に見えるから、つい話に乗ってしまいそうになるが………。



(なんだかこいつも要注意だな)



 ユリィは自分の勘には忠実に従うことに決めている。




「占術と呪術は別物でございます」



「ほぅ、どのように違うのかな?」



 口髭の官吏が一瞬だけ、ユリィに視線を向けた。



 ユリィは営業用の微笑みを絶やすことなく答えた。



「詳しくお聞きになりたいのでしたら、また日を改めてお話しいたしましょう。今宵は宴を楽しんでいってくださいませ」



(おととい来やがれっ。話してほしけりゃ特別料金だっつの!)



 ユリィは心の中で叫んだ。




「いくらだ?」



 すぐ傍で男の声がした。───覆面の声だった。



「今の話の続きも気になるが、今宵そなたを一晩買うとしたらいくら必要だ?」



 藍色の瞳がユリィに向けられていた。




「ぁ………。ぇと、初めてのお客さまの場合は、女将さんに交渉していただく必要が………」



「そうか、わかった」



 覆面は立ち上がると蓮李に向かって進み、耳元で何やら囁くと広間を出て行った。



 続いて蓮李が立ち上がった。


 一瞬だけ視線をユリィに向け、広間を後にする。


 その顔はなんだかとっても上機嫌に見えた。



 きっと初回から金子きんすを多めにふんだくる気なのだろう。



(………まぁ、あの覆面、着てるものは上等のようだし)



 宮廷の貴人ともなれば、それなりに金銭も持っているはずだ。



 何より望んでいた「悪夢持ち」でもある。



 まさか向こうから一夜を求めて来るとは思わなかったが。



(誘う手間が省けたな)




 二胡の演奏と舞踏が終わり、二人の妓女が席に戻った。




「やれやれ………。先に買われてしまったな」





 面白がるような表情で、若い官吏が言った。







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