夜宴の客・01




 ───シャリン、シャリン………



 華睡館の大広間に鈴の音が響いた。



 その響きに合わせるように、一人の妓女がゆっくりと舞っていた。



「華睡館の妖魔女」などという異名を持つユリィである。



 華睡館では「占売り」が専門のユリィなのだが、今夜は仕方なく夜宴の席で舞踏をすることになった。




 芸事が苦手なうえに最近は練習もサボっていたユリィだったが、女将の蓮李から受けた特別指導のおかげもあってか、それなりに披露できている。




 淡い紅紫の薄衣は舞踏用の衣装として仕立ててあるので、動く度に袖飾りや裳裾が揺れ、取り付けてある小さな鈴が音をたてる。



 大きく開いた胸元には真珠の首飾り。


 銀と翡翠の細工が美しい髪飾りが、結わずに垂らした黒髪に映え、広間の天井から下がった灯籠の明かりを受けて煌めく。



 窓から流れ込む風が、ユリィの黒髪を揺らし、身をひるがえすたびに肩から左右に長く垂らした領巾ひれがふわりと舞いながら揺れる様は、まるで風と戯れているかのようだ。



 でもこれは妖力によるユリィの演出でもある。



(風でも吹かせなきゃ暑くて踊ってられるかっての!)



 ───という理由からだ。



 こんな妖力は滅多に使わないのだが、腹ペコ〈獏〉のせいで高体温の今は少しでも身体を冷やしたいので仕方ない。



 舞を終えてからもしばらくは風向きを自分の方へ操っておこうと思いながら舞っていると、一人の客と目が合った。



 ───ような気がした。




 それは華睡館の支配人オーナーでもある栄柊の連れてきた客の一人で、顔を覆面で隠しているという奇妙な姿をしていた。





 広間には栄柊と女将の蓮李。そして栄柊が連れてきた客が六人いる。



 宴に出された妓女もユリィを入れて六人だ。



 その中の三人の妓女は華睡館でも売れっ子の「三華姫」と呼ばれる妓女たちだ。



 六人の客のうち三人は栄柊の商売関係者だと判る。



 そして覆面を外してあとの二人はたぶん官吏お役人



 見た感じ位は高そうだ。



 赤ん坊の頃から妓楼で育ったユリィは、客の身なりから職業が粗方判る。



 舞っているユリィを除いて、五人の妓女はそれぞれに一人ずつの担当で酌をしながら客の相手を務めている。



 客の指名がなければ、どの客に誰が付くかは蓮李の指示になっていた。



 今宵の夜宴は蓮李の指示で三人の商人には三華姫がそれぞれ付いていた。



 ユリィ以外の妓女たちは既に舞踏や詩歌、二胡などを披露し終えている。


 この後、客に気に入られれば一晩買われる可能性もあるだろう。



 官吏と思われる二人は、食事はしているが酒はあまり飲んでいない様子だった。



 妓女と談笑しながらも、ときどき覆面の方へ目を配り気にしているように思えた。



 一方の覆面は話しかけられれば相槌を打つ程度。



 手酌で覆面の隙間からちびりちびりと酒は飲んでいるようだが。




(いったい何者……… ?)



 ───あ、またこっち見た⁉



 暑苦しそうな覆面だ。



 顔を見せない理由は何だろう。



 鬼のような形相か顔に傷でもあるのか………。


 そう簡単に顔を晒せない身分なのか。




 今宵は客に王宮の貴人がいると蓮李は言っていた。





 官吏と思しい二人は覆面貴人の連れなのだろうか。



 一人は髭を蓄えた中年の男。


 もう一人は若く、二十代半ばと言ったところだろうか。



(覆面に妓女が付いてないってことは、あれの酌は私が担当か)



 蓮李からユリィに指示はなかったが、どうやら暗黙の了解というやつらしい。




(蓮李も少しは勘付いてるのかな)




 嫌な感じのする気配があることを。



 一番強く感じるのは覆面の視線から伝わるものだが。



 それとは別の「気」も感じる。



 舞いながらでは気配に集中できないが、邪気を抱えているのは覆面だけではなさそうだ。



 髭の男か若い奴か、二人のどちらか。



 この「気」は………朝からまとわりついていた嫌な気配と同じだ。



 もっと彼らの傍に寄らないとはっきりしないが。



 二人の役人のどちらかは「病み憑き」だ。



 なるべく早めに祓う必要のある「邪気」を感じる。



 そして覆面の奴はおそらく「悪夢持ち」だろう。



 チラチラと覆面が視線を向けてくる度に、ユリィの中で〈獏〉がピクリと反応するのが判る。




(もうちょっとだけ我慢しな。ちゃんと喰わせてやるから)




 ───シャリン。



 鈴の音に合わせ、ピタリと舞の動きを止める。




 ユリィは微笑を浮かべながら軽く一礼し、舞踏を終わらせた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る