花街の妖魔女・03

 


 ***




栄柊エイシュウが久しぶりに客を引き連れて来るんだ。たまにはあいつにもおまえの仕事っぷりを見せてやらないとね」



「夜宴は大旦那さんの接待なの?」



「そうだよ」



 華睡館では「女将」は蓮李だが支配人オーナーは別にいる。



 それが栄柊。


 華睡館の皆が「大旦那さん」と呼ぶ栄柊は、娼館経営の他にも手広く商いをやっている男で、ユリィは十八年前、赤ん坊の頃に栄柊に拾われここに預けられた。



 栄柊は二、三ヶ月に一度は店に来て経営状況などを蓮李から聞いたり、ときには商いの関係者を大勢連れて豪遊していく。



 蓮李とは腐れ縁の仲、と聞いているが妻子のない栄柊の恋人だと言う者もいる。


 ───噂なので真実は誰も知らないが。



 栄柊がユリィの養父にならなかったのは、商いで各地を回るのが忙しく、自分の屋敷にはほとんど戻れないことと、妖力を持たない自分が〈妖力持ち〉の女の子を男手で育てるのに自信がなかったからだと聞いている。



(だからって妓楼に預けるのもどうかと思うけど)



 ───それでも、


 拾ってもらっただけでも感謝するべきだろう。



 世の中には、捨てられて飢えて死んでいく子供もいるのだから。



 ***



「今夜栄柊が連れてくるのはね、いつもみたいに商いの取引相手だけじゃないらしいよ。王宮の貴人も何人かいるって話さ」




「へぇ………貴人ねぇ」



 位の高い官吏でも来るのだろうか。



 邪気の溜まりやすい場所王宮から来るならば、いい餌にありつけるかもしれない。



 ユリィは心の中でこっそりと笑む。



 というのも、占売りを求めて来る客層には宮仕えが多いのだ。




 心労や気鬱を抱えた役人などが、ユリィの【占】を求めてここへ来る。



 己の未来を知りたい、運気を上昇させたいという欲求から【占】を買い、身も心も癒されたいがために『魅惑の夢』を所望する。



 宮仕えの客は〈悪夢持ち〉も多いので、宮廷とはよほど瘴気の溜まっている場所のようだ。



 そういえば三ヶ月程前、貘に喰わせた悪夢を持っていた客も官吏だった。


 位はそれほど高くない者だったが。



 もともとは占診を希望した客だったが、相手をしているうちに僅かだが〈悪夢持ち〉であることが判り、貘に喰わせてやることができた。



【占】だけを買いに来るような常連客とは違い、初めての客でしかも〈悪夢持ち〉となると特別な占術で貘を使うことになる。



 幻獣使いであることがバレないように、ユリィはいつも〈悪夢持ち〉の客には仕上げに強めの催眠療法を施す。



 それは一夜を共にし、甘くとろけるような「魅惑夢」を体感した記憶が確かにあるのに。


 なぜか妓女の顔も名前もよく思い出せない………。


 ───という術を、ユリィはわざとかけることにしている。



 もちろん通常の占売りより、

『とっても気持ちよ~くさせちゃう!』内容メニューになっているので、特別料金としての金子きんすは予めしっかりと受け取る。


 これで〈悪夢持ち〉が治っても華睡館へ通ってくれたら儲けものだ。



 三ヶ月前のその客は初回だけであれから来ることはなかったが。



 貘によって悪夢を喰われ、占診や占術で心の邪気が取り祓われ、健全な日常生活を送れているならそれでいい。




「臨時の就労バイトだと思ってしっかり稼ぎな」



「………はいはい、わかったよ。夜宴に出りゃいいんでしょー」



 貘の腹を満たすためにも新しい客層を開拓していく必要はある。




 ユリィの返事に、蓮李はにっこりと微笑んだ。




「そろそろ昼飯ができる頃だ。お前の分もここへ運ぶように言ってあるから食べてきな。

 舞はそのあとでたっぷり仕込んであげるからね」



 妖艶な笑みの中に「逃げんじゃないよ」という文字が浮かんだように思えて。



 ユリィはまるで蜘蛛の糸に絡め取られた虫になったような気分がした。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る