第10話 旅立ち
「部外者のあたしが言うのもアレだけど、教祖様がこんな事して良かったの?」
呆然とする主教達の前で、俺は娼婦ミカルの手を握ってザルタリの部屋から連れ出した。
「放っておけば火あぶりにされてたんだぞ。良いも悪いも、ああするしか無かったじゃないか」
正直、俺も自分の取った行動が半分くらい信じられずにいた。衝動的だったとも言える。だけど、一言でも言葉を交わした人間が目の前で火あぶりにされるのなんて耐えられそうに無いというのも事実だ。
「で、どうする?」
ミカルは俺の部屋のベッドに座り、その長い脚を見せつけるように交差させた。
「……どうするって、何が?」
「男があたしを雇ってする事はそんなに多くないと思うけど?」
無論、そんなつもりでミカルを雇うと口に出した訳ではない。ミカルは魅力的ではあるが、そういった行為をする事は無いだろう。……というか、出来ない。
「それ以上タロー様に無礼を働くならば、私が直接あなたに裁きを下します」
俺の部屋には、何故かリンネもいた。勝手についてきたのだ。
「3人でのプレイは別料金だけど、この娘かわいいし特別サービスでタダにしてもいいよ」
「……それは私への侮辱ですか?」
「せっかく褒めてあげたのに。頭の固い子ね」
聖女と娼婦。2人の睨みあいは朝まで続き、俺は嬉しくない意味で眠れない夜を過ごした。
翌日。ザルタリの醜聞と共に、俺の行いも広まってしまっていた。「あのタロー様が娼婦を雇った」堂々と失望を口にする者はいなかったが、不信感を覚えた者はおそらく多いはずだ。火あぶりから助ける為にした事だと良く解釈してくれる人もいたし、意外にもリンネが率先してその説を広めてくれているが、それでもやはり娼婦に対する目というのは厳しい物があるらしく、教義に関しての討論はそこかしこで行われていた。
これらは直接俺に尋ねてきたり言ってくる訳ではないが、謁見に来る信者に問い正すと苦悩しつつも告白する。基本的には俺を崇拝している為、騙したり疎外したりするのは彼らにとっても苦痛なのだ。
「ザルタリの処分については、主教の任を解き、タロー教からも追放という所で収まりそうです」
クレイさんからの報告。火あぶりに比べればかなり軽いが、地位や名誉を全て失うのはあの年齢の男にとってはきついものだろう。
「で、例の娼婦についてですが……」
「その前に、僕から1つ言いたい事があります」
俺はクレイさんの言葉を遮る。
謁見の間は今日も相変わらず信者達で賑わっている。普段は並んだ列から1人ずつ前に出て俺と言葉を交わすが、今日は俺が前に出て全員に向かって話しかける。
「旅に出ようと思う」
信者達は黙って俺の声に耳を傾ける。
「再臨して10日間で色んな人と出会って色んな話を聞いた。皆の熱心な信仰や僕に対する崇拝の気持ちは十分に理解出来た。だが、それらがこの世界の全てではない事を僕は知っている」
こんな演説のような事、柄ではない事は自分でも重々承知だ。だがやらなきゃならない。
「タロー教の開祖として、僕が再臨した事には何か意味があると思う。僕はそれが知りたい。この旅でそれが見つけられるかは分からないが、きっと必要な事なのだと思う」
一呼吸置いて、僕は再度決意を言葉にする。
「僕は旅に出る」
沈黙の後、ぽつりぽつりと何かが鳴った。最初、俺はそれが何なのか分からなかったが、全体に広がる頃には拍手だと気づいた。
「感動しました!」
「タロー様万歳!」
「応援してます!」
思ったよりも好意的な反応に戸惑っていると、拍手が鳴り止んだ後にクレイさんが言った。
「『思い出に残る修学旅行でした。またみんなで京都に行きたいです』」
良い感じの空気をぶち壊す聖書からの引用。まあ確かに、卒業文集か何かにそんな事書いた気がするけど、今引っ張り出すかね、それ。
「神々の国における京都という場所はいわば心の故郷。安寧を求める旅の目的であると同時に、我ら人間がいつか辿りつく理想郷でもあります。タロー様の旅はおそらく、私達に新たなる教示と救済を与えてくださる事でしょう」
木刀とか買ったなあと懐かしんでいる間に、主教の方達はクレイさんの演説にも納得し、頷いているようだった。相変わらず誤解されている感は否めないが、スムーズにここを発てるなら文句はない。
だが、祝福ムードの中で1人、声をあげた人物がいた。
「私もお供させて下さい!」
リンネである。ぶっちゃけ驚きはなく、予想はしていた。昨夜の態度といい、断ればまた自殺を仄めかして俺を脅してくるだろう。
それに、実は俺も俺でリンネがついてきてくれないと困るというのはあった。剣も魔法もからっきしの俺だけの旅は、この街を出た途端に殺されて終わるのが目に見えているからだ。
演説の後、1日かけて支度を済ませた。徒歩での旅なんて元いた世界でもした事が無いので、荷物をどの程度持てばいいか分からず、日用品やら食料やら何から何まで詰めていたら大量になってしまったので、馬を一頭借りられる事になった。乗る訳ではなく荷物運び用だが、毛並みは良いし、雌だからか大人しい。これから旅を共にする訳だし名前をつけた。プリン。神々の国では最高の食べ物として知られている。
夜には壮行会が開かれ、俺とリンネは早めに切り上げて十分な睡眠を取った。そして出発の朝が来た。
「えーと、知らぬ間にパーティーメンバーが2人増えてるんだけど」
「え? あたしを置いていく気だったの?」
俺からすれば「ついてくる気だったの?」だったが、1人目は娼婦ミカルだ。
「だって雇われてるし。クビにしても良いけど、確実に火あぶりにされるね。悲しいわ、さようなら。忘れないでね」
弱みを握っているのはこっちのはずなのに、しっかしこっちの痛い所を握り返してくるあたりは流石に女王様だ。
「ミカルは仕方ないとして、もう1人は……」
「私は旅自体に反対です。しかしどうしてもと言うのであれば、私がついていきます。譲歩は出来ません」
昨日の深夜、ゾンデ村の救出任務から帰ってきたサリファだった。まだ素顔も見ていないのに、旅には何としても同行すると言う。
まあリンネとの2人旅はそれはそれで気まずいかもしれないという危惧もあったので、メンバーが増える事はまだ良いが、全員女というのはどうなんだろう。
「良いんじゃない? 腕っぷしは聖騎士さん。信仰魔法は司祭さん。夜のお供はあたし。バランス完璧だし、楽しい旅になりそう」
暢気な事を言うミカルにすかさずリンネが噛み付く。
「最後の役割はいらないと思います」
「あら? じゃあ、あなたがやる?」
「ぶ、侮辱です。今のは私とタロー様に対する侮辱行為に他なりません!」
憤慨するリンネ。へらへらと笑うミカル。表情の見えないサリファ。
その後、俺達はクレイさん達主教の皆さんに盛大に見送られ、街を発った。
この世界に来て以降、大聖堂から出られなかった俺にとっては目に映る全ての物が新鮮だった。アスファルトで固められていない道も、若い人達が農作業している農場も、連なって見える遠くの山も、突き抜けるような青さの空さえも特別だった。俺は年甲斐もなくウキウキしていたのだ。これから始まる旅、いや、冒険の予感に胸が躍っていた。
……だからこそ、何故こうなってしまったのか問いたい。
たった2日後、俺は身ぐるみ剥がされた状態で地下牢に繋がれていた。
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