第9話 罰

 ノックをしても呼びかけても反応はない。扉に耳をあてると、微かに呻き声が聞こえる。緊急事態だ。おそらく誰かに襲われている。嫌な奴ではあるが、殺されるのは流石にかわいそうだ。


 それまで黙って見ていた聖騎士がずいと前に出る。彼もやはりただ事ではないと思っていたらしく、扉から離れるように俺とリンネに手ぶりで示すと、距離を取って助走をつけた。ぶち当てる鉄の塊。いとも容易く木製扉は開いた。


「大丈夫ですか!?」


 部屋の中には、ザルタリと1人の女性がいた。ザルタリはロープできつく身体を縛られてベッドに転がり、女性の方は鞭を持っている。ここまでならまだ、ザルタリがその女性に襲われているようにも見えた。しかし、女性の着ている服が革製のセクシーな物である事。ザルタリの身体には所々溶けた蝋が張り付いている事。そして言い逃れの出来ない証拠として、露出したザルタリのザルタリが、天を突くような勢いで怒張していた事。更に更にダメ押しとして、ザルタリの肛門にはずっぽしと……もう、やめておこう。


 SMだこれ!


「キャーーーー!!!」

 リンネが真っ先に悲鳴をあげた。大聖堂中に響き渡るような大声。いつもウィスパーボイスで優しい喋り方のリンネでも、叫ぶ事があるのかという驚きはあったが、そんな事よりも今は目の前の状況を整理する方が先だ。


 赤黒くやる気たっぷりの息子とは違い、顔面蒼白になったザルタリは縛られていて身動きが取れない為、大股開きのまま口をパクパクさせてこちらを見ている。

「あらら、バレちゃったね」

 と、ザルタリを責めていたと思しき女性が言う。扉をぶち壊した聖騎士の、鉄仮面の下の表情までは分からないが、きっと俺と同じくどうして良いか分からない風だっただろう。リンネは両手で顔を抑えてその場に蹲っている。この光景は、無垢な少女にはちょっときつすぎた。


 その後、リンネの悲鳴を聞きつけた教会関係者が続々と集まった。縄を解かれたザルタリは素肌にローブを着ていたが、プレイに用いられた道具は今更隠しようがない。主教達は集まってこそこそと何やら話をしているし、リンネは声を殺して泣いている。


 嫌な空気に耐えかねてか、誰にも訊かれていないのにザルタリが言い訳を始めた。


「ち、違うのです。決してこれは私の趣味などではなく、信仰心の足りない自分に対して怒りを覚え、自ら罰を与えていたのです。お見苦しい物をお見せする訳にはいきませんから、こうして深夜にこっそりと行っていました。か、彼女は知り合いに紹介してもらった女性でして、このような事に慣れているというので頼んで来てもらいました。そうだな? な?」


 なんとも苦しい。聞いているこっちが恥ずかしくなってくる。

 同意を求められた女性も同じだったらしく、呆れ顔で答える。


「それはちょっと無理があるんじゃない?」

「ぐ……貴様、正直に言え! 実際に私に罰を与えていたじゃないか」

 そりゃそうかもしれないが意味が違う。正確には罰というよりご褒美だっただろうし。

 聖騎士の1人が歩み出て、女性の腕を見てこう言った。

「その烙印、娼婦か。どうやってこの大聖堂に入った?」

 年齢は20歳前後くらいだろうか。俺の実年齢よりはかなり下だが、今の俺よりは確実に年上。ブラウンの髪は癖がついて跳ね、目は大きいがややきつい感じだ。口角が上がり気味だが決してにこにこしている訳ではなく、冷めた笑いに慣れているようだった。でも美人だ。俺にザルタリと同じ趣味は無いが、この人に責められる事に対して対価が発生するのは仕方ない事のように思える。


「一般信者に紛れて昼の間に入って、この部屋で夜まで待機。みんなが寝静まった頃に開始って感じ。んで明日また一般信者に紛れて出て行く。毎回このパターンね」

 聖騎士としては、大聖堂の警備体制を気にしていたのだろう。だが主教であるザルタリ本人がこっそり引き入れたとなれば聖騎士達に責任はない。

「名前は?」

「ミカル。見ての通り、娼婦として教会の承認は受けてるよ」

 そしてもう1度、腕に押された烙印を見せる。どうやらそれは娼婦としての印らしかった。ミカルの発言からすると、教会はそんな事までやっているのか。


「確かにそのようだが、戒律は知っているだろう?」

「……娼婦は教会施設への立ち入りを禁ずる。でもさ、そこの旦那にどうしてもって頼まれて大金を渡されたし、聞けば偉い人だって言うじゃないか。私だって危ない橋だとは思ったけど……」

「ええい黙れ黙れ! 私を誘惑したのは貴様だ!」

 ザルタリが唾を撒き散らしながら声をあげた。直前に言っていた事と矛盾しているし、語るに落ちるとはこの事か。が、ここで黙っていると、ミカルという娼婦はぺらぺらとザルタリの性感帯まで喋り出しそうだし仕方ない反応とも言える。


「ザルタリ」


 気づくと俺の背後にクレイさんが立っていた。いつになく険しい顔をしている。


「ク、クレイ様。違うのです。これは、これは……」

「『加藤君がエッチな物を学校に持ち込んでいました。良くない事だと思います』」

 は? ……ああ、俺の聖書からの引用か。いきなり過ぎてびっくりするからやめて欲しい。

「神聖な場所に性的な物を持ち込む事は聖書の教えに背き、戒律に触れる行為だ。まさか知らない訳ではあるまい?」

 俺が怒られている訳でもないのに、妙にいたたまれない気持ちになってくる。ざまあ、という気持ちもちょっとはあるが、性癖は人それぞれだし戒律でそれを制限するのはどうなんだろうか。

「主教ザルタリの処遇については改めて審問会を開き決める事とする。この場にいる者は全員、くれぐれもこの件については他言無用だ」

 とクレイさんは言うが、この手の話題が広がるのを止めるのはきっと難しい事だろう。

「それと……聖騎士様、そこの娼婦を」

 指示され、俺と一緒に入ってきた聖騎士が女を捕らえる。単純に気になったので尋ねてみる。

「ミカルさんはどうなるんですか?」

「タロー様、娼婦が大聖堂に入る事は戒律で禁じられています。聞けば、この女は何度も侵入したそうなので、火あぶりが妥当かと」


 聖騎士がミカルさんの両手を掴み、きつく拘束している。

「えっと、今なんて?」

「火あぶりの刑です。戒律を犯した者や目に余る異端を定期的にまとめて刑に処しています。それと、タロー様ともあろうお方が娼婦の名前を呼ぶ事はいかがなものかと……」

「火あぶり!?」


 俺は周囲を見渡す。駆けつけた主教も、意気消沈のザルタリも、指示を待つ聖騎士も、そして当事者のミカルさんでさえも、その言葉に違和感を覚えている様子はない。この世界では当たり前の事なのだ。


「ま、待って下さい。ザルタリは審問会にかけて処分を決めるんですよね? だったら例え娼婦の方でも、いくら戒律とはいえ言い分くらいは聞いても良いんじゃ……ていうか仮に悪意があったとしたって、入っただけで殺されるのは流石にやりすぎです」

「タロー様……」

 クレイさんが残念そうな表情で俺を見ている。

「娼婦の言い分なぞに耳を貸す必要はありません。私達はあなたの教えを1000年以上に渡って守り、正義を行って参りました。ご自身の名を汚すような事はどうかおやめ下さい」


 口調こそ穏やかだが、それは明確な俺に対する「説教」だった。


「……分かりました」

「そうですか。それは良かった」

「俺がそのミカルという娼婦を雇います。火あぶりにする前に、その人と2人きりにさせて下さい」


 部屋の空気が凍りついたが、火で炙られるよりはマシなはずだ。

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