第8話 正しい行い

 昨日に続いて今日も謁見を休んだ。クレイさん達には体調が悪いと言い訳したが、本当に悪いのは体調ではなく気分だった。


 俺に非はない……と、思い込む。何故か分からないがこの世界にはタロー教という物が広がっていて、何故か分からないが俺はその教祖という事になっている。この状況自体は俺が望んだ物でも無ければ、俺の行いによって発生した物でもないはずだ。俺の記憶が確かであれば。

 そしてこのタロー教なる宗教が、この魔法の世界に影響を与え、人々の救いになっている限りは「別に良いじゃん」って感じだったが、そこにお金が絡んで、信者以外を排除する事が肯定され、人の命を軽んじるような行いが横行しているのであれば、それは問題だ。これらの行為が俺の名の下に行われている所が特にまずい。


 教会に限らず、あらゆる組織を運営するのにお金が必要なのは分かる。いくら信仰心があっても腹は減るし、食べなければその内死ぬし、死ねば子孫が残せないので絶える。自然の摂理だ。だが、力のある者が富を独占して、死ぬべき人と生きるべき人を金を理由に選ぶのだとしたら、それは地獄だ。権力というポンプによって人の血を吸い上げて自分達の満足を優先するだけの集団に正義はない。


 はぁ……。異世界転生するにしても、なんでこんなややこしい立場になっているんだ俺は。もっと分かりやすいチート能力で悪い奴を倒して、スカッとしたかった。


 だけどこれは意味のある事だ。


 俺のこれからの行動1つで、この世界は良くも悪くもなる。とにかく慎重に動かなければならない。最終的に反乱が起きて、焼き殺されてバッドエンドなんて絶対嫌だ。


 ベッドで仰向けになって寝転がり、どうすべきか考えた。食事は自室で済ませて、トイレはこっそり行った(それでも護衛の聖騎士にはバレているのだが)。なるべく教会の人間とは会わずに、1日を過ごしてみたが、部屋の中に答えなんて見つかるはずがなかった。


 夜になった。ノックの音がした。答えると、「リンネです。今、お時間よろしいですか?」と返ってきた。当然迎え入れたが、以前よりも若干の躊躇がある事に俺は自分で気づいていた。


「お身体の方はいかがですか?」

 リンネは心配そうに俺の顔を見ている。本当に良い子だ。だから困ってる。

「大した事は無いよ。明日からは謁見も再開する」

 ひとまず、1人で考えていても仕方ない。謁見の時に、空気を読みつつ異教徒に対する皆の考え方などが聞けたら何かのきっかけになるかもしれない。

「分かりました。ですが、どうかご無理はなさらないようにして下さい」

 リンネは例のナース聖衣を纏って俺の部屋に来た。もし俺の体調が悪そうなら、魔法を使おうと思って来たのだろう。

「ああ、分かってる」

 俺はそう答えた。少し素っ気ないかな、とも思ったが、これ以上かけるべき言葉が見つからなかった。

「あ、あの!」と、リンネ。勇気を振り絞るように言う。「ゾンデ村の件なのですが、サリファに頼んで部下の方数名を連れて行ってもらう事にしました。全員は無理かもしれませんが、かなりの数の人が助けられると思います」

 それは思いもよらない報告だった。異教徒の命に価値が無いとまで言い切った昨日のリンネとはまるで別の人間のようだ。

「あの派兵要請を聞いてから、明らかにタロー様のお顔の色が優れなくなったようでしたので、私の独断でしたがお願いしました。サリファとは昔からの友人でして、彼女は聖騎士団の部隊長を何度も務めています」

 そういえば、いつも俺の部屋の前に立っているサリファの姿が無い。未だに素顔を見た事もないが、他の聖騎士より何となく良い匂いがするから分かる。


「そうか。それは……ありがとう」

「いえ、タロー様のお役に立てるなら何だってします」

 そこなんだよな。ゾンデ村の人を救いたいというよりは、俺の為にやってくれたという所。その認識の違い。大きな溝を感じる。だが実際に動いてくれているのはリンネでありその友人のサリファだ。その動機にまでケチをつけていては、ますます溝は深まるばかりだ。

 俺から感謝の言葉を受けたリンネは今にも天に召しそうなくらい幸せな表情でこちらを見ている。まさに信仰心の塊だ。俺にはそれを理解する義務がある。

「少し部屋で話さないか?」


 俺の誘いを快諾したリンネを部屋に招き入れ、向かい合って椅子に座る。良い機会なので、俺は前から聞いてみたかった事を尋ねてみた。

「リンネは、どうしてタロー教の信者になろうと思ったんだ?」

「なろうと思ってなった、というよりは、生まれた時から信仰は生活の一部でした」

 主教であるクレイさんの娘なのだから、まあ当たり前の流れか。

「ずっとタロー様の事を想って生きてきました。哀れで愚かな私達に救いの手を差し伸べ、正しい方向に導いてくださるお方。私にとってタロー様は光その物です」

 熱っぽく言いつつ、さりげなく俺の手を握るリンネ。しかも無意識だったらしく、俺が咳払いを1つするとハッと気づいて手を解いた。


「ですから、私がタロー教信者である事に明確な理由はありません。信仰こそが私の人生その物です」

 果たしてリンネが特殊な例なのか、はたまたこういう考えの人が大多数なのか俺には分からない。後者だと、その意識を変えるのは大変な苦労が伴いそうではあるが。


 ……いや、そもそも変えようとする事自体が間違いなのだろうか。この世界にはこの宗教があって成り立っている。俺が変にそれを変えようとする事によって、バランスが崩れて不幸になる人が増えるくらいなら、このまま神輿として黙って担がれていた方が多くの人にとって幸福なのではないか。


 ああー……何でこんな面倒な状態で転生したのか。正直最初はちやほやされてる感もあって良かったが、これ前にも後ろにも進めないぞ。もし神がいるのだとしたら、一体俺に何をさせたいのか。


「……っつ」

 その時、リンネが両腕を抑えながら呟いた。この前もあった、例の痛みか。時計を見ると、前と同じくらいの時間だ。こんな時間に、一体誰の痛みなのだろう。もう一般の信者は大聖堂にはいないし、中には主教や司祭の教会関係者しか残っていない。気になったのでそのまま訊いてみる。


「前も気になったけど、それって誰の痛みなんだ?」

「分かりません。ですが、かなり信仰心の強い方だと思われます。どうやらこの共感する能力は、痛みを感じている人が近くにいればいるほど、その人の信仰心が強ければ強いほど、よりはっきり感じる事が出来るようなのです」

 言っている間も、リンネは苦しそうな顔をしている。さっさと聖衣を脱げばいいのにと思わなくもなかったが、リンネの言った法則が本当なら、その誰かを探す事も出来るはずだ。


「信者の誰かが誰にも言えずに苦しんでいるのかもしれないな……どんな事情

あるかは分からないが、探してみようか。協力してくれるか?」

 リンネはにっこりと笑って頷く。

「やはりタロー様は慈愛に満ちたお方です」

 当たり前の事を言っているに過ぎないのだが、何を言ってもきっとリンネは受け入れるだろう。俺が突然自分のうんこを食べ始めても「どれだけ汚い物でもたいらげる態度が立派です」とかなんとか言いそうだ。そのくらいの狂気がこの子にはある。


 その後、リンネの感じる痛みを頼りに、護衛の聖騎士を引き連れた俺は教会の中を巡回し、1人の男の部屋の前にも辿り着く。それは俺にとっては意外な人物だった。


 主教ザルタリ。あの嫌な奴の部屋の扉から、僅かに悲鳴が漏れ聞こえていた。

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