第6話 癒しと痛み
「……祝福を授ける!」
だが何も起きなかった!
リンネがナース服のコスプレに成功してからというもの、俺は色んなおじさん達から遠回しにせがまれ、祝福を授けまくっていた。しかし成功したのはリンネの時のみで、以降は何も起きず、気まずい沈黙が流れるばかりだった。
俺の顔色を伺いつつも悲しそうな表情を隠しきれないおじさん達を見るのはなんだか胸がしめつけられる。「まだまだ私の信仰が足りなかっただけの事です。お気になさらないで下さい」としょんぼりしながら言うおじさん達。せつない。
思うに、信仰心云々というよりは、俺がその人の事をどれだけ知っているかで祝福の成否は決まるんじゃないかと推察している。リンネとはよく話していたし、良くしてくれているから頼りにしている。これがもし野原に放り出された状態でこの世界に来ていたら、魔物やらにあっさり殺されていたかもしれない可能性も考えると、命の恩人であるとも言える。
だがそれでも、おじさん達はやたら自分の信仰心に自信があるらしく、祝福のリクエストは絶えない。無理だと思いますよ、とやんわり断りのオーラを出しても通用しない。まあ、再臨した教祖からの祝福キャンペーンで特別な聖衣がもらえるとなれば、ワンチャン狙ってみるのが人の情という物かもしれない。
それに、コスプレ衣装もとい聖衣は、ただ見た目が良いというだけの効果ではない事も分かった。
「クレイさん、リンネの方は大丈夫ですか?」
「ええ。忙しそうですが、本人は物凄いやる気で次々に重病人達を治しております」
信仰魔法による治癒は、その術者のレベルに応じて限界がある。
例えば、かすり傷や軽い風邪程度なら、身体の治癒力を高める効果によって治してしまえるし、上位の術者は折れた骨を繋げるという事も出来るらしい。だが、原因も分からない重い病を治したり、失明してしまった眼などを治すのは流石に無理だったようで、せいぜい痛みを取り除く対症療法しか出来なかった。
だが、聖衣を纏った状態でリンネが信仰魔法の治癒をすると、それらの重病患者すらあっという間に治ってしまった。流石に死者を蘇らせる事までは出来ないようだが、失った指程度なら問題なく再生出来る。これはどうやらこちらの世界ににおいてもまさに奇跡と呼ぶに相応しい現象らしい。
そして今は別の部屋で、大聖堂を尋ねてくる重病患者を片っ端から治している。
これにより、階級の件についてはもはやうやむやというか、何せ奇跡を行う張本人であるのだから、トシコがどうとか司祭の地位がどうとかもう関係なくなってしまった。
謁見が終わり、一生分のおじさん達のしょんぼり顔を見終わった後、俺はへとへとになりながら食卓についた。だが、そこにリンネの姿はない。
「リンネ様はまだ聖堂で治癒の方に勤めています」
陽はとっくに沈んでいる。俺よりも長く残業しているとなると、完全な労基法違反だ。
大聖堂、祈りの間。一般信者でも出入りする事を許されている広い部屋で、集会などでも使われる。俺が普段使っている謁見の間よりも若干グレードは落ちるが、それでも手入れは行き届いている。
「タロー様!」
最初に俺の姿を見つけたリンネが声をあげた。まあ俺を見つけたというよりは、護衛についている2人の聖騎士を見つけたのだと思うが、それでも妙に嬉しい。
リンネの前には一般信者の方が敷かれた布の上で寝そべっていた。ただれた皮膚を覆っている包帯を解いている所だった。
リンネが俺の名前を呼んだので、周りにいた人達が一斉に俺を見た。まさか、という表情。そして静かに俺を崇める。大した事ない次男ですよ、といたたまれない気持ちになる。
「そろそろ切り上げて夕食にしないか? もう出来てるよ」
「ありがとうございます。ですが、救いを求める方がまだ沢山いらっしゃいますので、どうぞタロー様は先に召し上がっていて下さい」
そう言うと、リンネの手の平が発光する。眩しいというよりは暖かくて優しい光。蛍のように小さな燈火。それが寝そべった信者の肌を柔らかくなぞるように動くと、嘘のように肌が綺麗になっていった。
まさに奇跡だ。ナース服さえ着ていなければ、その儚くも美しい光景にきっと俺は涙を流していた事だろう。なんで着てるんだ。
「何か手伝える事ある?」
何気なく俺が尋ねると、リンネは驚いていた。
「タロー様のお手を煩わせる訳にはいきません」
リンネの模範解答が、俺の悪戯心に火をつけた。
「あー、俺ごときの手伝いなんていらないか。ちょっとでも役に立ちたいんだけど残念だなぁ」
リンネは困ったような表情になり、少し躊躇った後、以前に俺が「思った事を言ってくれ」と依頼したのを思い出したらしく、遠慮がちにこう言った。
「タロー様は少し意地悪ですね」
その後、俺は護衛の聖騎士であるサリファと共に物を運んだり列を整理したりしながら、信者達の治療を手伝った。ちょっとは役に立てたのか、とりあえず部屋にいる信者達の治療は終わった。もう深夜だ。冷めてしまったスープを温め直し、2人で食事をしているとリンネの表情が辛そうなのに気づいた。
「顔色悪いな。やっぱり働き過ぎなんじゃないか」
魔法の事については詳しくないが、それでも1日に何回も使っていれば疲れてくるのは普通の労働と同じはずだ。
「そんな事はありません。私はタロー様が授けてくださったこの祝福が、人々の役に立つ事を至上の喜びとしています。司祭、いえ、1人のタロー教徒として、命ある限り……」
「そういう精神論じゃなくてさ、働き過ぎたら疲れるのは当たり前だよ」
少しトゲのある言い方になってしまったが、ここは神々の国における社会人経験から言わせてもらう。
「頑張るのは良い事だけど、無理したら結局いつかどこかでそのツケを払う羽目になる。気持ちでどうにかしようとするのは策を練れない愚か者だと俺は思う。そうだな、明日からは1日に何人の治療をするか最初に決めて、整理券か何かを配った方が良いと思う。あ、でも死にかけの人は優先して救うべきだから、トリアージは必要かも」
しょんぼり主教達に人手を回せないか頼んでみよう。頼むと言っても俺の口から言うとほとんど命令みたいになるのがちょっとネックだが、人命がかかっているならそれも許されるだろう。
「だから、リンネはもう無理するな。リンネの身体に何かあったら、祝福を与えた俺
が悪かった事になる」
「そんな事……」
「にならないように、休みはきちんと取りましょう。はい、この話は終わり」
無理やり中断させる。でないとリンネがまた何か理由をつけて労基を犯してしまいそうだったからだ。
少し間があいた後、
「っつ……」
リンネが小さく悲痛な声を漏らした。やっぱり無理しすぎだ、という目で見ると、リンネが俺の視線の意味を察して、こちらが何も言わずとも弁明した。
「正直に申し上げますと、タロー様からこの聖衣を戴いてからというもの、側にいる人の痛みが分かるようになったのです」
もちろん初耳だった。近くにいる人の痛み?
「それって、治療中もか?」
「はい。でも気にしないで下さい。私は嬉しいんです」
「嬉しい……?」
「少しでも苦しんでいる人の痛みが理解出来る、しかもそれがタロー様の祝福によるのですから」
聖女なんだかドMなんだか良く分からないリンネの発言に俺はドン引きしつつ、何故今も痛みを感じているのか尋ねようかと思ったがやめた。その前に、さっさと部屋に戻って着替えた方が良いと思ったからだ。……見た目的に少し残念ではあるが。
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