第5話 聖衣
「それはいかがな物かと」
俺の発言に異を唱えたのは、主教の1人、ザルタリという男だった。年齢はおそらく50代、元いた世界で俺の上司だった猿谷という男に名前も顔も似ていたので、1回きりの自己紹介でもよく覚えていた。
「恐れながら申し上げます。タロー様がご自身の意思により、ここにいるリンネの任を解かれたのは我々教会幹部のみならず末端信者に至るまで周知の事実でございます。それをたった数日で翻したとなれば、ひいてはタロー様への信頼が揺るがされる事態になるかと」
卓に並ぶ主教達からざわめきが起きる。ザルタリは続ける。
「誤解なさらないで欲しいのは、これはタロー様、及びタロー教の事を思っての忠言であるという事です。決して信仰への叛意を示す物では無いので悪しからず」
それを聞いていて、俺はちょっと懐かしいなと思っていた。上司の猿谷にこう言われたのを思い出したからだ。「俺は今後のお前を思って言ってやってるんだからな」成長する為のサービス残業、今年入社した新人に示しをつける為の研修。大義名分はいつも「俺の為」だった。
とはいえザルタリの言う事も一理ある。今の立場としてはむしろ俺が彼らの上司であり、昨日クビにした社員を何事も無かったように今日採用する上司など信頼出来るはずが無い。リンネの処遇については元はと言えば俺の迂闊な判断による物だ。
他の主教達が声を潜めているあたり、ザルタリの言う事に一定の正しさがある事を証明している。例えばここで俺が「うるさい黙れ」とでも言えば、きっとザルタリの意見は封殺出来るのかもしれないが、それはいくら何でも乱暴だし、昨日リンネに言った事とも矛盾する。
さて、これはどうした物か、と悩んでいると、立ち上がったのは問題の中心であるリンネだった。
「タロー様、1つ申し上げたい事があります。トシコとしての任を解かれた事は、タロー様が私にお与え下さった試練であると考えております。司祭ではなくなりましたが、私は今もタロー教の信者であり、1度任を解かれた者が再び祝福を受けられないという決まりはありません。ですから、私はこれからより厚い信仰を持って勤め、司祭てとしてより高みを目指すつもりです」
要するに、また1からレベル上げをし直すという覚悟だ。凄い根性と盲目なまでの俺への信仰心。主教達から拍手があがる。それならば、とザルタリも納得した様子で席につく。……ん? でも結局この流れは、リンネを元の地位に戻すという俺の希望が通ってないような。
その時、俺に1つのアイデアが降りてきた。なんて言う程大した物じゃないが、単純な疑問だ。
「あの、その祝福というのを俺がもう1度リンネにするのは駄目なんですか?」
タロー教信者は信仰魔法を学び、人々を導き、教えを守っていく事で自分より位の高い信者に認められて階級を上げていく。だが俺は教祖な訳だ。端的に言えば1番偉い。真実は何も取り柄が無い人間だが、地位だけはある。
再び主教達がざわめいた。
それまで沈黙を守っていたクレイさんが咳払いを1つしておもむろに語り出す。
「本来、高位司祭への任命は主教を10名以上集めた会議によって行われ、タロー様の御意思を推し量り決定される物であります。しかしタロー様ご自身が席につかれているこの状況は例外として捉えても良いかと思われます」
つまり、俺自身が再祝福を行うのであればオッケーと言う解釈か。
「失礼ながらクレイ大主教。あなたはご自身の家族であるリンネの進退がかかっている事に対して私情を挟んでおられるのでは?」
今度は他の主教達から明確に反対の声が上がった。
「今のザルタリ様の発言は、タロー様ご自身の前でその権威を冒涜する物だと思われます。また、クレイ大主教への侮辱でもあります」
そうだそうだ、と野次が出る。ザルタリは気まずくなったのか、「い、今の発言は撤回します」とやや焦りながら言った。だがまだこう続ける。
「私の浅はかな邪推をお許し下さい。タロー様、どうかリンネに再び祝福をお与え下さい」
全員が一斉に俺を見る。
確かに、祝福云々を混ぜ返したのは他の誰でもない俺だ。きっかけは単純な疑問だったが、こんな無茶振りをされるとは思ってもみなかった。
「どうされました? ただタロー様の思うように、リンネに祝福をお与えになるだけで良いのですよ」
ザルタリが煽ってくる。確証が無かったので今まで言わなかったが、どうもこの人は俺に対して不信感を持っているようだ。偽物だと疑われているのか、そもそも再臨した事自体を認めていないのか、あるいは俺の顔が気に入らないのか分からないが、口調こそ丁寧だが他の主教達には無い圧を感じる。
だがここで何か理由をつけて断るのは逃げた事になる。
「……分かりました。やってみます」
場所を移動し、大聖堂で1番大きな部屋。普段は謁見を行う場所だ。俺は椅子の前に立ってリンネを迎える。生まれてこの方俺が経験してきた宗教的儀式など、結婚式か初詣くらいの物で、正しい手順なんてさっぱり分からない。なので、今まで見てきたアニメ、ゲーム、映画、ドラマの知識や印象を総動員して儀式を執り行う。もし神が本当にいるとしたらぶん殴られそうな心根だが仕方ない。やると言った手前、もう後には引けないのだ。
「リンネ・ドリムロア」
とりあえず、意味ありげにゆっくりと名前を呼ぶ。
リンネは「はい」と答え、俺の目をじっと見ている。相変わらずかわいい。
「病める時も健やかなる時も、荒れ狂う嵐の日も乾ききった干天の日も、変わらぬ信仰心を持ち、神なる存在へとその愛を捧げる事を誓うか?」
結婚式の神父が言いそうな事の俺アレンジバージョン。愛とか言ってるしヤバい。
「……誓います」
「では、再臨者タローの名の下に、ここにその信仰を認め、新たなる祝福を授ける」
さあ……どうだ?
俺は薄目をあけて周囲の反応を伺う。
リンネを含め、みんな黙っている。
まずい……スベったか?
するとその時、リンネの身体を眩いばかりの光が包んだ。俺がこの世界に来た時と同じような、目の眩むような明るさだ。なんだなんだ、と思ったのはどうやら俺だけでは無かったらしく、波紋のように騒ぎが広がる。
どうやら祝福は成功したらしい。リンネが進化し上限突破し覚醒した。新バージョンの実装だ。きっと以前より神々しい姿になるに違いない!
数秒後、光が収まってふわりと降り立ったリンネは、「異様」とも言うべき服装をしていた。
色は全体的に薄く桃色がかっている。元は絹だった素材がいきなり現代風の化学繊維に変わった。ワンピースでスカートの丈部分は短く、膝がギリギリ隠れるくらいで生足がちらりと見えている。帽子も今まで被っていたベールから頭頂部を半円状に覆うキャップになり、その真ん中には十字架の記号が入っている。
ナース服だ、これ!
しかもガチの病院で使われている奴ではなく、コスプレで使われる安っぽいお遊びの奴。何故だ。何故こうなった。祝福を与えたと思ったら俺の性癖が刺激されていた。ノリに任せて正直に言おう。俺はこういうの大好きだ。
「こ、これは……」
この状況に困惑しているのは俺だけではない。だが、それがナース服である事を認識しているのはどうやら俺だけのようだった。主教達が口々に言う。
「奇跡だ! タロー様の祝福により、聖衣が授けられた!」
ドンキで売ってる聖衣とは一体。
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