第4話 階級

「これから言う事を良く聞いて欲しい」

 リンネを捕まえた俺はすぐに護衛の聖騎士達に捕まり、自室へと戻される事になった。どうしてもとお願いしてリンネを部屋に招き入れたが、扉は開けたままにして、護衛の聖騎士達から見える位置に座った。深夜に男女が2人きりは流石にまずいと思ったからだ。


「まず、僕の事を尊敬してくれているのは物凄く分かるんだけど、嫌な事は嫌と言ってくれないか」

「タロー様が仰られた言葉で、嫌な事など1つもありません」

「……じゃあ言い方を変えよう。もっと気軽に思った事を口に出してくれないか? 例えばその、友達みたいに」

「タロー様と友達なんて、恐れ多い事です」

「……そうしてくれないと僕が困ると言っても?」

 するとリンネは、その澄みきった目をこちらに向けたまま、時間が止まったように固まってしまった。友達になるのは恐れ多い。だがそうしないと俺が困る。困らせる事はしたくない。だが友達になるのは恐れ多い。このループに入りフリーズしてしまったらしい。


「ごめん、ちょっと意地悪な質問だったかもしれない。つまりその……そうだな」

 俺は頭を捻って考え、少し恥ずかしいが方便を取り繕う。


「僕がかつて死んで、こうして再臨するまでに1600年経った。って事は世の中色々変わってる訳だろ? タロー教だって僕が前に生きていた頃に比べると規模が大きいし、魔法やら魔物やら分からない事だらけだ。だから、僕が何か間違った認識を持っていたらそれを遠慮なく正してくれないと困るし、色々と教えて欲しいんだ。例えば僕は、君にその名前が似合わないと思ったからトシコと名乗るのをやめてくれと言ったけど、それが役職をクビにした事になるなんて思ってもみなかった。だから認識のすり合わせは必要なんだ」


 嘘というか帳尻あわせのような物も混ざっているが、とにかく目の前の少女を納得させる為に俺は精一杯語った。その間、リンネは俺の言葉を黙って聞いてたが、「どうかな?」と確認を促すと、ゆっくり答えた。

「恥ずかしい事に、これだけ長くお仕えしておきながら私はタロー様のお気持ちをこれっぽっちも理解しておりませんでした。『ただ相手に気に入られたいが為にする服従など、自身が傷つくのを怖れるだけの保身である』というタロー様からの教えを失念していたのです」

 そんな事を教えた記憶はもちろん無い。


「聖書にもありました。『今日は給食の時間に友達の鈴木君と喧嘩してしまい、ごめんなさい。今は仲直りしました。今度プリンが余ったら半分こする事を誓います』と」


 俺の頭に疑問符が浮かぶ。すぐに思い出す。小学3年生の時に鈴木君と余ったプリンを奪い合って喧嘩になり、先生に反省文を書かされたのだ。


 え? そんなもんまで収録されてんの? 聖書。


「これは時に正直である事こそが絆を強め、人間同士の深い関わりを育むのだという事を説かれた重要な一節です。神々の国にある『プリン』という物が一体どのような物なのかは到底分かりませんが、きっととても大切な物なのでしょう」

 ただ単にガキ同士の小競り合いの産物だ。何故それが異世界にある? プリンの地位も元いた世界より上がっている。だがそれよりも少し気になったのはこの台詞。


「神々の国……?」

 文脈から考えると、俺が住んでいた地域、あるいは日本か世界の事を言っているようだ。八百万の、とかそういうニュアンスでもない。

「はい。タロー様は神々の国から迷える民を導く為にこの世界に降りてきて下さり、全ての罪を背負って再び天に召されたと、そう言い伝えられておりますが、間違っているのですか?」

 まず神々の国という所で引っかかっている俺からすれば、この話はすんなりと飲み込める物ではない。まあ確かに神絵師とか神動画とか色々あるので神々の国という呼び方もあながち間違っている訳ではない気もするが、少なくとも俺はそんな立派な人間じゃない。あと色んな宗教観が混ざっている気がする。ベースはやはりキリスト教っぽいが、俺の立場が神の子ではなく救世主兼神その物というのが違う。

 否定すべきか肯定すべきか迷う。


「うーん……確かにこことは違う世界だけど、リンネが思っている程凄い所ではないかもしれない。税金高いし」

「うふふ。タロー様は冗談までお上手なのですね」

 冗談で言ったつもりは無かったが、リンネからしてみれば神々が毎月の支払いに追われている事なんて考えられなかったのだろう。あんまり失望させるような事を言うのは良くないかもしれない。

 リンネの笑顔は何度か見たが、今回のは少し雰囲気が柔らかくなっていた。少しは打ち解けてきた、かな。


「とにかく、何か気になった事があったら言って欲しい。良いかな?」

「かしこまりました。タロー様の教えを守りつつ、ご意向に添えるよう、これからより一層の努力をする所存です」

 やっぱりまだ温度差には慣れないし、出来れば聖書の内容は1度全て忘れてもらいたいが、そんな事を言えばまたややこしい事になりそうだ。


「あ、それとリンネの階級の事についてなんだけど……」


 タロー教の信者は細かく階級が定められている。

 まずはトップが、俺をこの世界に召喚した「主教」と呼ばれる人達。それぞれが大陸の各地に自身の運営する大聖堂を持ち、今は全部で55人ほどいるらしい。会社で言えば役員って感じか。そしてその主教達を纏めるのが「大主教」であるクレイさん。俺を除いて1番偉い人。つまりは社長だ。

 そしてその「主教ツリー」とは分かれる形で「司祭ツリー」がある。「主教」には男性しかなれないが、「司祭」は主に女性がなるもので、その名の通り祭事などを司る。聖属性魔法に精通した人物がなる事が出来るらしく、信仰心の厚い者ほどより多くの魔法が使えるので、必然偉い人ほど強い。そしてリンネは、司祭の中で最も強い信仰を持つが故に、この1600年でたったの5人しか名乗る事の許されなかった「トシコ」という名前を受け継ぐ事が出来たという何気に凄い娘だった。オカンがどれだけ神格化されてるかについてはこの際置いておく。


 主教の下には伝道師、修道士、神父など役割に分かれてそれぞれ階級が決められており、司祭の下には助祭、輔祭、修道女などがその実力によって役職につく事を許されている。聖騎士は教会の指示で動く実働部隊で、これまた細かく分かれた階級が存在するが、俺は覚えるのを諦めた。

 そして役職の有無に関わらず、タロー教に入信し、その教えを守る者の事をただ単に「信者」と呼ぶ。つまりこの言葉の指す範囲は非常に広く、少なくともこの大聖堂で暮らしている人間は全員がタロー教の「信者」という事だ。俺以外は。


 そんな説明を俺が受けたのは翌朝、朝食の席だった。大聖堂に滞在中の主教達が長い机を囲んで一緒に食事を取る。話のきっかけは、俺がリンネの役職を元に戻して欲しいという事をクレイさんに提案した事だった。ぶっちゃけると階級云々は全てクレイさんからの受け売りだ。


 そして一通りの説明を受けた後、主教の内の1人が声をあげた。

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