ラストワードは程々に。

乃井 星穏(のい しおん)

ラストワードは程々に。

『本当によろしいのですか』

「もう止められないだろ」

『その発言に対しては、NOです。この宇宙船ならば別の次元への跳躍すら可能です。滅びゆくこの宇宙を置いて別の次元へ――あるいはアナタが元いた次元へ行くことすら叶うかもしれませんよ』

「……その提案に対しては、NOだ」

『了解しました、では予定通り5分後に――少々話してしまいましたので4分30秒後にこの宇宙船はターゲットと激突します』


自分とアイコと宇宙船と。それは記憶を失ったネジレが数ヶ月前この世界で目覚めた時に持っていた全てだ。もともとこの世界に余分だったものが、消えて無くなって再び元の状態に戻る、それだけの話。いつもは口煩い宇宙船のAIだが旅が終わるとなると寂しいものだ、とネジレはしみじみした。


『それにしても正体不明の動力源を持つ宇宙船で覚醒途中の【魔王】に自爆特攻を仕掛けるだなんて少し王道すぎやしませんか、ネジレ様。アナタならもっと横道に逸れた、読者の期待をいい意味で裏切るような、そんな解決法を提示してくださるかと予想していましたのに』

「無茶を言うな、クソAIが。俺だって必死に考えたさあ。死なない方法を、そんでもって全部守れる方法を。でもこれしかなかったんだよ。しょうがないだろ」

『最後くらい、名前で呼んでください』

「……」


運転席のパネルがキラキラと煌めいた。アイコの感情を示しているのだろうが、何色がどういった感情に対応しているのかは最後まで分からずじまいだ。


「巻き込んで悪いな、アイコ」

『私は巻き込まれてなんていませんよ、アナタの意思は私の意思ですから。むしろアナタなしでこの船を動かせないことを悔やんでいます』

「俺こそ、俺の意思でやってるんだから」

『……そうですね』

「お前にはもっといろんな場所を見せてやりたかった」

『十分に色々な場所を旅しましたよ』

「そうか……そうだな」


イサムはゆっくりと目を閉じた。


緑の星の少女ともう一度ウサギを狩って食べようって約束したっけ

火山にまみれた星の少年は宇宙一の鍛治士になれるだろうか

青に覆われた星の精霊は無事に夏を楽しんだろうか

機械仕掛けの星の足長ロボットは心を手に入れられただろうか

広い大地のあの星でヒゲの男の小さな大森林はどうなったろうか——




「――長え! 5分ってしみじみするには長え!」

『残り2分40秒です』

「まだ半分もいってない!?」

『もう少しでカップ麺が出来上がりますので』

「食後のコーヒーも頼む」

『まったく世話の焼けるクソガキだぜ。おっと口が——』

「てめえ口ねえだろ、クソAIが」


ふふっ、と両者の間に笑いがこみ上げる。そうだ、いつも通りだ。無茶をするのだっていつも通りなのだ。


「よろしくな、相棒」

『ええ、もちろん』


ネジレはそっと手を置くと、パネルがキラキラと虹色に輝いた。

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