第2話‐不思議な仮面

「い、痛ぁ……」


 ボクは体中に張り付いた土を払い落しながら起き上がった。

 その時に、ボクは顔面に違和感を感じた。

 ボクは顔に手を当てる。そして違和感の正体に気が付いた。


「か、仮面が無い!!」


 ヤバい、ヤバい。どうしようと、ボクは焦る。

 仮面はとても大切なものだ。獣人として付けているのが当たり前のものであり、顔を見られることは獣人にとって最大の屈辱だ。

 と言ってもボクの顔なんか誰もが知っている。親も、学校のクラスメイトですら知っている。

 みんなに前で仮面を剥がされ、泣かされたボクの顔は珍しいものではない。

 だとしても、それでも仮面を失うことはなかった。それだけはあり得なかったし、そこまでの虐めは誰もしなかった。


 それはそれだけ仮面が大切なことを意味する。

 例え虐めだとしても、仮面を壊すことは出来ないほどの価値が仮面にはある。

 その仮面がボクの顔から剥がれ落ちていたのだ。


 そしてボクは土の上に転がっている仮面を見つけて……絶望した。


「ボクの仮面……ボクの仮面が、割れている……」


 そう。ボクの仮面は割れていた。

 パッカリ二つに分裂し、一目で修復不可と解る破損が見られた。


「ど、どうしようこれ……ボク……絶対に怒られる。妹にも呆れられる」


 それにもしかしたら……今後、ボクの自由さえも奪われてしまうかもしれない。

 ボクは落ちこぼれだ。そしてボクは既に誰にも期待されてなどいない。だからこそ、こうやって家に帰らないで星を見ていても文句は言われなかった。

 ボクには何もなく、害もないから何も言われなかった。だけど、仮面を1人で壊してしまうなんて、家に傷を付けたようなものだ。許されるわけもない。

 無害だから許されているのに、それが有害にまでなるともう許されない。ボクにはこの星を見る時間すら奪われてしまうだろう。


「なんで……なんでこうなるんだよ……ボクがいったい何をしたというんだよ……」


 ボクはヨロヨロと力なく前に進んだ。

 何が流れ星に願い事を言えば願いが叶うだ。流れ星そのものがボクを傷つけてきたじゃないか。

 世界はそんなにもボクを憎く思っているのか?


 ボクは流れ星が落ちた場所まで歩いていく。

 そんなことをしても割れた仮面は元には戻らないが、その原因を見届けなければ帰ることなんて出来なかった。

 そしてボクは落ちてきた流れ星の手前まで歩くと、足を止めた。

 流れ星の正体を見た途端、ボクは世界が止まったような気がした。


 少なくともボクの呼吸は止まったし、大袈裟かもしれないけど心臓すら止まったかもしれない。

 それだけの衝撃がボクの目の前に存在した。


「これは……仮面? 流れ星は仮面だった?」


 見るからに木製の仮面が、そこにはゴロリと転がっていた。

 だけどそれには一切の傷はなく、不思議な文様が夜の暗闇の中で禍々しく光を発していた。だけどその光は、妖艶で美しかった。

 ボクは落ちてきた仮面の前に行き、拾った。触った感じは何の変哲もない仮面だ。

 手触りも木製で、重さも木製仮面と変わりない。触れた感じの頑丈さも、木と同じだ。だけどこの仮面は、空から降ってきて割れることはなかった。


「この仮面……誰のでもないんだよね?」


 ボクは近くには誰もいないのに、確認をした。

 この仮面の所有権を確認した。空から降ってきた仮面の所有権なんて解るはずもない。

 冒険者と呼ばれる存在は、冒険によって仮面を見つけることがあるらしいが、その際に発見された仮面は自分の所有物として扱うことが出来ると聞く。

 誰のものとも証明できない仮面は、先に発見した人のものになる。

 つまりこの仮面は……ボクのものだ。


 ボクはごくりと息を飲み、仮面をボクの顔に嵌めた。

 もしもこの仮面が、普通の仮面と違って不思議な力を持っているのなら、今のボクにも力が手に入るかもしれない。

 そう思いながら仮面を装着した。


 …………。


「うん。解ってたよ……。やっぱり、駄目なんだ……。ボクは駄目なんだ」


 それでもボクは何も変化しなかった。

 なんの能力も得ることが出来なかった。

 不思議な仮面を付けたところで、ボクはボクのままだった。


 ずっとずっと絶望していたボクに与えられた1つの希望。

 だけどその希望が幻想だったことを知ると、悲しくなる。涙が出てくる。

 希望なんか見ても、無駄なんだ。そういう悲しさがボクの胸を締め付けてくる。

 苦しくて苦しくて、ボクは叫ぼうとした。誰もいない夜だからこそ、叫ぼうとした。でも、その瞬間にボクではない誰かの声がボクの頭の中に響いてきた。


(おいおい、泣くんじゃないよ。お嬢さん。オレの裏側が濡れちゃうじゃないか)

「えっ!? だ、誰! 誰かいるの!?」


 ボクは誰もいないはずの山で聞こえた声にびっくりして、周りを見渡す。

 もしかして流れ星が落ちてきたのに気が付いた誰かが、ここに来たのかもしれない。

 だがしかし、ボクの見える範囲には誰もいなかった。


「誰も……いない?」

(いやいやお嬢さん。いますよー。ここにいますよー。目の前にいますよー。本当に目の前にいすぎて気が付かない場所にいますよー)

「えっ!? ええっ!? ど、どこにいるの!? 声は聞こえるけど、見えないよ」


 近くにいると言われても、近くには誰もいない。

 目の前と言われて、足元を見ても誰もいない。空を見上げても誰もいない。後ろを全力で振り返っても、そこには誰もいない。

 もしかして……目に見えないだけで、そこには確かにいる噂で聞いたことのある獣人を呪い殺す魔物『ゴースト』かもしれない。

 え? ボク……死ぬの?


「ガクガクガクガク」

(いや、怯えないで。オレって怖くないから)

「で、でも……どこにいるか解らなくて……」

(だから言っているだろう? オレはお前の目の前にいる。顔の前にいる。ほら、自分の顔を触ってみろよ。その時に触れたものが、オレだからよ)


 そうボクは言われた通り、顔に手を伸ばし触れる。

 そこには木製の手触りがあった。拾った仮面の感触があった。でも、その感触は最初に触った時と違って妙な温かさを感じた。


「えっ……。も、もしかして……」

(そうだよ。というか、状況的にそれしかないだろ常考)


 ああ、そうだ。

 状況的に見たらそれが一番考えられる可能性だ。考えられる可能性だけど、考えられない可能性だ。

 だってそうだろう? そんな存在が喋ることなんてできるわけないだろう?

 だって無機物なんだよ? それが言葉を発するなんてありえないよね?

 でも、それがあり得ていたのだ。それが喋っていたのだ。


「喋っているのは君なの? 仮面さん」

(ようやく気が付いたかお嬢さん。そうだよオレが喋ってる。オレだけがお前に喋っている。ドゥーユーアンダスタァーン?)


 そう、この夜にボクは出会った。

 ボクにだけ喋ることが出来る仮面。不思議な仮面。ユニークな仮面。ちょっとイラリともする仮面。

 だけど、ボクに勇気を与えてくれる仮面に出会った。

 それは、流れ星がくれた素敵なプレゼントであった。

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兎人トールと喋るペルソナ ミヤビャカ @miyabyaka

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