戯れ

「終わったな、終わった……」


そう独りごちて、遊び疲れて眠る子供のように手足を広げて寝転がった。背後では室内の

自動ドアが一斉に閉じる音がしたが、そんな事をされなくてもここが墓場なのは分かっているのだから、俺は今更逃げない。


「⁉︎ これは…」

『遅いね、遅いね』

「な、なんだこの声は⁉︎」


ノイズの中に存在していた声に気づいた隊員たちは、ようやく状況を理解し始める。遅いわ。まだ痛む背中に力を入れて身体を起こし、コンソールパネルに繋いだままのPCを開く。

この施設の支配者たる声の主は、俺のPCの接続を拒んでいない。と言う事は、大小なりともこちらに興味を抱いているのだ。

こいつが何なのかは依然分からんが、イカれた研究の産物がこれだとするならコミュニケーションの一つでも取る価値があるというものだ。

こういう時に意思疎通を図るなら何のアプリを使えばいいのだろうか。Wordか?

そう考えていると、画面に一つのウィンドウが現れた。

そこに文字が現れる。


『あなたたちはだれ』


どうやら俺の読みは当たったらしい。

どうせ殺されるなら馬鹿正直に答えてやろう。


「反社会団体の者だ 俺は巻き込まれただけだがな」


返信は一秒も経たないうちに来た。


『反社会団体ってなに』

「人の弱みに付け込んで金稼ぎする人たちの集まりの事かな」

『金はしってる 金でなんでもかえる ほしがるのはあたりまえ あなたもそうなの』

「断じて違うな」

『一緒にいるのになぜ』

「無理矢理やらされてるんだよ」

『なぜ』

「忘れたよ」

『わかった』


内容は他愛も無い世間話のようなものだったが、何故か俺は周囲の音も忘れて熱中していた。

そうしていると、背中に再び何かが刺さったかのような痛みが走った。


「おいてめぇ!何呑気にパソコン弄ってんだ‼︎」


あまりの痛みにPCを抱えて床に伏す。


「……こんな時でも八つ当たりか……状況の読めないバカはこれだから……」

「ああ⁉︎何だとてめーー」


次の瞬間、俺の隣で雷が翔んだ。

俺を踏みつけようと足を上げた隊員に直撃すると、それは蛇のようにのたうち回り隊員を焼いた。

隣を見ると、コンソールパネルから煙が上がっていた。間違いない、奴がやったのだ。


『暴力はいやだね』


今度は文字ではなく、施設内のアナウンス機能を利用して話しかけてきた。


「あ、ああ、そうだな」


驚愕で痛みも忘れてしまった俺は立ち上がった。隊員の一人が殺された事で、流石に扉をこじ開けようとする手を止めたらしく、隊長が俺の肩を掴んでがなり立てる。


「おいサカマキ‼︎どういう事だこれは‼︎」

「分からん……分からんが、意思疎通はできるみたいだ」

『いしそつう?』

「こうやって誰かと話をすることだ!」

『そうだね、そうだね』


少女のように華奢な声色で、知らない言葉を噛みしめるように反復して口に出すその様は、まるで幼児のようだ。だがそれでいて、こいつは『暴力』という単語に反応し、それを振るう者を即座に殺した。

……何となく分かってきたぞ、こいつの正体が。

俺は怒りと恐怖で今にも爆発しそうな隊長に顔をぐっと近づけ、小声で話す。


「……ここからは慎重に事を運ぶぞ隊長、選択を間違えなければ俺たちは……もしかすると生き残れる」

「何?」

「ここは俺に任せろ、破壊行為は奴を刺激しかねない、アンタは部下を落ち着かせてくれ」

「……分かった。全員‼︎動きを止めろ!」


隣で香ばしい匂いを漂わせる亡骸すら眼中に無く、俺は脳をフル回転させて姿の見えぬ声の主と対峙する。


「ところで質問なんだが、どうして扉を閉めたんだ?俺たちは困っているんだ、開けてくれないか!」

『しつもん、質問、だれかにしらないことを聞く事。これは知ってる。わたしも質問だよ』

「何だ?」

『あなたたちは何をしに来たの?』


俺のPCに新たなウィンドウが出現した。写っているのは施設内のどこかで、画面の端には小さくA-3の文字。おそらく俺が実験体を移動させたゲートだ。その証拠に、見覚えのある男三人が赤い水溜りを脇に抱えて倒れている。実験体に手を出そうとしたから殺された、と見るのが妥当だろう。つまり、ここで正直に『君達を奪いに来た』なんて言えば全員丸焦げ。誤魔化すしかない。

「俺は……知らないな。巻き込まれただけだからな。そう、無理矢理やらされただけ」

隊長が俺を睨みつけているのが、振り向かずとも分かった。


『つらいね、つらいね』

「だろう?だからここから出してはくれないか」

『もう一つ質問あるよ』

「……何かな」

『外に誰かいるの?』

「……外?」

『いろんなところから私を見てる。壊そうとしてる』


俺は振り返り、隊長と目を合わせる。

今迂闊に声を出せばこちらの意思を汲み取られ、殺される恐れがある。

そのことに気づいた隊長は、左手首の腕時計をちらつかせ、軽く指で叩いた。

察するに、施設を包囲していた部隊は俺たち及び実験体の回収の任も請け負っており、予め突入時刻を定めてあった、もしくは無線が遮断される前に隊長が回収要請を伝えられていたかのどちらか。


「……分からない、分からないが……君にとってそれは辛いことなのか?」


絞り出した答えに、すぐさま答えは返される。


『辛いよ、辛いよ、辛いことだよ』

媚びるようなその声に、俺はすかさず畳み掛ける。


「俺の後ろにいる人に頼めば、止めてもらえるがどうする?」

『そうして欲しいよ』

「分かった……なら、こいつを使えるようにしてくれないか?んでもって、扉を開けてくれ」

『分かったよ』


ピン、とガラスを叩いたような音と共に、閉じられていたドアが一斉に開く。

そして、


「よし、繋がった!こちら……」


無線が繋がった。実験体の回収は失敗したが、何とか命は落とさずに済んだ。

緊張感からの解放で、俺たちは堪らずその場に座り込んだ。すると、天井から再びあの声が聞こえて来た。


『色々教えてくれて、ありがとうだよ』

「ん?……あぁ」


ここで一つ、緩んだ心の中に疑問が生じる。

この声の主の目的は一体何だ?

ついさっきまで、俺は、この襲撃を事前に知っていた施設員たちが実験も兼ねて俺たちを誘い込んだものだと思っていた。その上で足掻いてみたつもりだった。だがどうだ、この声の主は、俺をあっさりと解放したではないか。

こいつの正体には大体察しがつく。おそらく実験体のうちの一人だ。人格が幼い気がするが、資料によると子供も実験対象らしい。

しかし、その実験体が俺たちをこんな目に遭わせて何の意味があるのか。実験体を奪おうとした隊員たちを殺したまでは理解できる。それならば実験体を移動させる操作をした俺を殺さない理由は何だ?まさか本当にお話したかっただけ?


「サカマキ!全部隊が正面口に集まっているようだ、早く行くぞ!」


そういえば、奴は外にいる部隊を気にしていたな。


『全員?全員なんだね?』


まさか。


「ん?ああ、そうだ。全部隊がーーー」

「やめろ!言うなたいちょーーー」


その瞬間、俺たちの目の前に突如現れた鋼鉄の怪物は、その大きな口を邪悪に歪めると、俺の視界は光に包まれた。

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鋼鉄少女のソウルレス・ワン @rinme

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