LEVEL3 案内人が増えました。
「さてアルファちゃん。そこのボンクラが出来ていなかった説明をするわね?」
「いちいち勘に触る言い方しか出来ないのか!」
犬猿の仲とはこの事かなー。なんて他人事のように反目する二人を眺めつつ、コクリと首肯して先を促す。
「さっきはいきなり説明入れちゃったけど、RCと、知名度、悪名については理解したかしら? ちょっと一方的に捲し立ててしまったし、わからなかったかもしれないわね…」
「ああ、えと。RCって要するにRPGで言うNPCキャラの役みたいなものだよね? ボク達〝セカンド〟はこの世界でプレイヤー主観に置き換えるとNPCだから、プレイヤーとして遊んでた時に関わってた商人とか、衛兵とかギルド職員とかはRCがそうだったって事だよね? …なんだか職業みたい」
「そうよ。流石アルファちゃんね! 確かに職業って言葉が一番しっくり来る表現かしらね。実際に下っ端の衛兵なんかは仕事として給金を貰ってそれで生活している人もいるしね。いくらゲームの世界って言っても〝セカンド〟にとっては現実世界の様に生活を考えなきゃ行けないわけだしね」
「えぇ…、折角のゲーム世界なのに勿体無い」
「ふふっ、皆が皆同じ考えとは限らないのよ。勿論ゲーマー思考の〝セカンド〟も沢山いるけどね」
「ボクもどちらかと言えばそっちの方がいいかな…」
折角ゲームの世界に来たというのに何が悲しくて就職して労働するだけの生活を送らなければならないのか。
ボクの様な思考を持ってる人だけじゃないのは当然だと思うし、その人達にボクの意見を押し付けてゲームを楽しめなんて言える筈もないけど、それでもやっぱりボクは勿体無いと思ってしまう。
「まぁ、ファクティスさんの言いたい事も分かりますよ。俺も、腕っ節だけで冒険者稼業をやって生活するって、ある種の憧れがありましたからね」
「……? 憧れが〝あった〟って、クロードは今は違うの?」
「…お恥ずかしながら。俺はもう最前線から退きましたよ。———ゲームとして遊んでいた時って、ログインの制限時間がある中で遊び尽くして、ログアウトして現実に戻ってご飯食べたり仕事したりして、〝
昔を懐かしむ様な、優しく細められた目はどこか遠くを見つめていた。
彼は、〝現実世界〟でゲームをする事が生き甲斐で、でも実際に〝理想〟が〝現実〟になった事でその在り方が変わってしまったのかもしれない。
仕事や生活の合間にある、ひと時の至福の時間だったからこそ必死で楽しんで、全力で遊んでいたのだろうか。
どちらにせよ、〝私〟でも、〝ボク〟でも理解は出来無さそうだ。
「それこそここに来た時は、時間制限も無くて遊び尽くせる! ……って興奮してましたけどね。———これでどんな廃人プレイヤーにも負けない最強の冒険者になれるってね。でも、全然違いましたよ。上には上がいるんだって理解した瞬間、急に冷めちゃって。その時に振り返ると、なーんにも残ってないんですよ。在るのは必死に戦って上がった経験値っていうステータスだけで、〝現実世界〟の時の自分の生活も、仕事で培った技術や立場も何にもなかったんです。そこからは引退者として後任者へアドバイスしたり、まったりと生活しながら日銭を稼ぐ程度になりましたよ」
「ふーん、そういうものなんだ」
「そういうものなんです。———まぁ、俺みたいな奴もいれば、ファクティスさんみたいにゲーム世界を堪能する為に意気込んで日々過ごしている奴もいるわけですし、個人の生き方それぞれって事で。…幸い、時間は沢山ありますから、沢山悩んで、その末に自分の在り方を決めてもいいと思いますよ」
「うーん、ボクは変わらないと思うなぁ」
「それならそれでいいんじゃないですかね。こういう生き方をしてる人もいるって事だけ知ってくれれば」
「なんか、クロードおっさん臭いわね」
「なっ…!? せ、セレジェイラ、お前って奴は空気を読めないのか…!?」
「RCの説明してるだけなのに陰気臭い話をするからよ」
ふんっ、と鼻を鳴らして踏ん反り返るセレジェイラ。
クロードは将来尻に敷かれるタイプだろう、
「そういえばRCって、知名度や悪名で決まるって話だったけど本人の選択は無視されて決定されるものなの?」
「いえ、違うわ。知名度や悪名はあくまで参考数値みたいなものなのよ。分かり易く例えるなら、就職やアルバイトの面接に出す履歴書の資格欄に書く資格と同等の物だと思ってくれればいいかしらね。…なりたいRCに必須な知名度って実は無いのよ。採用する側がその数値を見て判断するだけだからね」
「まぁ、〝国王〟とかになってくると採用するのは国民なので、相応の知名度がないとならないんですけどね」
「なるほど。確かにある程度顔が効いた方がいい職業もあるし、国王なんて見ず知らずの人間が慣れるはずもないか。ボクは面白半分で知名度低いポッと出の人に投票しちゃうけど」
「うん、それはアルファちゃんの方が少数派意見だからその人が当選する確率は少ないわね。任期は五年周期だし、…丁度あと半年位で国王選任投票が始まるから実際に見てみるといいわ」
「知名度がめちゃくちゃ高い人って、見ただけでオーラ全く違いますよ? 俺も圧倒されましたよ」
「それはちょっと楽しみ。大規模なイベントはワクワクするよね」
「…ファクティスさんらしいですね」
なまじステータスという表記があるからゲームの様に要求ステータスがあるって思ってしまうな。
セレジェイラは、RCが〝ロールキャラ〟の略だと教えてくれた。あくまでゲームっぽい名前に現実と非現実が
ボクはRCがそこまで束縛の強いものでも無いと思う。
実際にこの店の店主は、店長なのか大道芸人なのか判断に悩むし、同時に二つ以上RCを持つ事が無いらしいのでどちらかがメインなのだろう。
本当に職業のような物なのだろう。本職以外に副業を持つ人は現実世界にも居たし、割と自由度の高い物っぽいから軽く考えても良さそうだ。
「あとね、やっぱり見た目って大事なのよ。人は中身だーって言うけれど、第一印象を好感触であれば多少難があっても受け入れてくれるわ。って事で、はいどうぞ」
背中に陣取って撫で撫でを行使していたセレジェイラは、ボクの前に出した手にポンっと小気味いい音を響かせて手鏡が出現した。
ウサギをモチーフにした白い手鏡は、女子力の高そうなセレジェイラにはピッタリだ。
「あれ、若返ってる…?」
手鏡に映った推定自分を見て、驚く。
サラサラと艶めかしい銀髪は目の高さあたりまで伸びており、そこから覗く双眸は猫目っぽい灰色をしていた。
ふっくらと柔らかそうな頬は、ほんのり桃色に染まり、小さな唇は瑞々しく健康的だ。
死ぬ直前はもっと不健康そうな顔色をしていたが、多少肌が白い以外は至って健康そのものだ。
このゲームは五感認識の精度が高いために、実際の自分の姿形をあまり変えられない。
変えてしまえば、違和感が出てしまい現実世界での日常生活に支障を来すからだ。
胸の件もそうだけど、〝セカンド〟ではそういう仕様が排除されたのだろう。何せ現実世界に支障を来す心配が無いわけだし。
そう考えてひとり納得していると、思わぬ事実を突きつけられる。
「あら? 髪型とか髪色、目の色の違い位しか現実と差異は無い筈だけど…。おかしいわね」
「え?」
…どうやら違うらしい。
ステータスで表示されていた〝18歳〟も、そういうものだと思っていたが、セレジェイラ曰く最後に死んだ時の身体情報がそのままこの世界に継続されるらしい。
だとすれば、ボクは相当イレギュラーな存在だ。あの研究大好きな國重さんが異常なほどに目を掛けていたのがこういう理由かと、なんとなく納得。
「うーん、既知の種族でも無いしアルファちゃんってば
何やら後ろでブツブツ呟いているが、気にしない。
ボクとしてはこうなったのだからそれを受け入れる以外に選択肢は無い。
ぶっちゃけあまり気にしてないっていうのが本音だ。
未だ自分の世界から戻ってこないセレジェイラと、感化されたのか腕を組んで考え事をし始めたクロードの二人を見て、今の内かなと思い手鏡を使って自分の全身を確認。
初期装備なのか、ボクが身につけている白いワンピースは何の服飾もない質素なものだ。
特徴としては、やけに開いた胸元だけだろうか。
基準は分からないが、さっき塔の近くにある魔法陣で見かけたそれっぽい人達はそれぞれ違った装備をしていたので、國重さんの悪戯を疑う。
体全体はすぐに折れてしまいそうな程華奢で、やはり肌は白っぽい。若さのせいか張りのありそうな柔肌と、身長の低さも相まって18歳よりも幼く見える。
髪は腰までの長さはありそうで、この辺は生前とあまり変わりが無いように見える。
顔立ちも現実のものと大差無いし、全部が全部変わっているわけでは無い事に安堵する。
エルフやドワーフ、獣人族や悪魔、天使などといった種族的な身体特徴は見当たらない。
「…そうね、それがいいわね」
何やら結論が出たらしいセレジェイラを見ると、ばちりと目が合う。
「? 何がいいの?」
「…何でも無いわ。それよりアルファちゃんは自分の可愛さを認識できたかしら? 可愛さと希少性を合わせれば、色々巻き込まれてしまう可能性が高いわ」
「あ、ああ、俺もそれは指摘したが…」
「往時のゲームでもPK職に狙われたりする訳だし、寧ろイベントよ、ドンと来い。かむおん」
そう言って得意げに鼻を鳴らして踏ん反り返ると、背後から可愛いとはしゃいで抱きつかれ、クロードは眉間を揉みながら溜息をつく。
なぜだ。解せん。
「…まぁ、一週間は俺が付いているので、深刻な事態にはならないと思いますが…」
「あらクロード、私もいるわよ」
「いやいやいや、セレジェイラは案内人でも何でも無いだろう?」
頑なに拒絶するクロードを見ていると、この二人の関係はクロードから一方的に苦手意識を持っているものだとわかる。
過去に何か有ったのだろうか。
ボクには知る由も無いけど、拒絶しつつも何処か信頼関係があるようにも見える不思議な関係だ。
「何を言っているのかしら? 今時案内人と〝セカンド〟二人だけ何て珍しいわよ。それにアルファちゃんの特異性を鑑みれば人手は多いに越したことはないと思うけれど?」
「そういう事を言っているんじゃ無い。必要ならば知人に強力な助っ人として頼むからな。だが、セレジェイラには———」
「私では不服? クロードの知人と言えば〝漆黒の翼〟のメンバーの誰かかしら? ———残念だけれど、その中の誰一人にも負けるほど劣ってないわよ」
「ああもうっ! そういう事でもなくてだな………っ!!」
この二人の関係が過去にあった何かしらの出来事でこうなってしまったのだろうか。
というか〝漆黒の翼〟て。
何ですかその如何にもなネーミングセンスの団体。お姉さん恥ずかしくなっちゃう。
「もしかしてクロードは、まだ〝あの事〟を気にしているのかしら? ———だとしたら舐めないで欲しいわね。貴方の気遣いこそ、私に対して失礼だと思うわ」
「気遣いじゃなくて、セレジェイラは〝アレ〟の所為で———っ!!」
バンッと机が力強く叩かれる。
振動は近くにいたボクは勿論、店の中に木霊して周囲から怪訝そうな視線が集められる。
背後に感じるセレジェイラは毅然としていて、一見すると一切の動揺を見せていないようだが、密着しているボクは抱き締める腕の力が少し強くなり体が強張っているを感じ取っていた。
希少だとか特異性がどうとか言うなら、もっと目立たず穏便にして欲しいのはボクだけだろうか。視線が痛いよ。
「———兎に角、私も付いて行くから。異論は認めないし、そもそも案内人の一端を担った程度でまだ知名度の無いアルファちゃんに、クロードと私がいて対処が出来ない事態に見舞われる事なんて到底あり得ないわ」
え?
フラグですかセレジェイラさん。
何やら恐ろしい事を言い放った彼女は、芯が強く真っ直ぐとしていた。
これを曲げるのは、ボクから見ても難しいとわかる。勿論クロードも同様に何かを悟ったのか、苦虫を噛み潰したような顔のまま視線を逸らす。
「———勝手にしろ」
クロードにしても
しかし、理解しているからこそ彼の矜持がそれを良しとしないのかもしれない。
どうでも良いけど、何故これからこの世界で頑張って行くぞって〝セカンド〟がいる前でこんなドロっとした一幕を見せ付けるのか理解に苦しむ。
あれか、艱難辛苦色々ありますって人生の大変さをチュートリアルで体験させているのか?
互いに何も発言をしなくなったのを見て、周りの視線も次々と外される。
この場に取り残されたボクと、澄ました顔で撫で撫でを継続するセレジェイラと、苛立たしげに机を指でトントンと弾きながらそっぽを向くクロード。
重苦しい空気に、正直どうにでもなれと開き直りお茶をストローで啜り始める。
明らかにネタ路線に走ったであろう名前の店内には、未だ尽きる事なく人が行き交い雑談に興じている。
人気の秘密は何なんだろうか、と益体のない思考に耽っていると口元からずずずっと締りのない音が響く。
———お茶が、無くなった。
重たい空気を誤魔化す最後の拠り所が無くなったという虚無感に襲われるが、どうやらお茶先生が最後の力を振り絞って出した場違いな音のお陰で場の空気が弛緩したようだ。
ボクとて自分がお気楽なのは理解しているが、流石に何故こんな居た堪れない場所に鎮座しなければならぬのかと思う。
そんなボクの心情を表したストローによる精一杯の抗議は功を奏したのだ。
背後からは冷たい空気が先程の調査に戻り、対面に座る方は仏頂面のままだが、肩の力がやや抜けたように見える。
「ごめんね、アルファちゃん。関係ない話で勝手に空気悪くしちゃった」
「ん。まったくその通り」
「………」
…クロードも何か言えよ。
「さぁて、それじゃあ早速だけどこんな所で長々と説明するだけって飽きると思うのよ。だからこれから実際に行動しながら随時説明を入れて行く方針に変更するけど、いいかしら?」
「おお、むしろ大歓迎。グッジョブ」
「………」
クロードはいつまで不貞腐れてるのだろうか。
最初の張り切りもあって案内人という主導者としては勝手に参加した知り合いが方針変えると言い始めたのだから面白く無いのかもしれない。
それだけが理由じゃ無いと思うけどね。
「……じゃあ決まりって事で、ね?」
「おー」
どうやらセレジェイラも、クロードを無視する事に決めたらしい。ボクの頭をなでりこしながら
何やら過去の事情もあるみたいだし、今のクロードの態度が悪いと一方的に決めつけるのも良くないと思う。
暫くは静観の構えが最善手だな。
ゲーマーズ・バンクェット 谷前くまじ @kumajitanime
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