LEVEL2 原稿用一枚にまとめて?
「…何とか無事に着いた」
そう、何とか、無事だった。
ここは〝始まりの塔〝の南北に伸びるメインストリートの南側を少し行ったところにあるメインストリート沿いの喫茶店〝道化師の癒し〟。
もうちょっとマシな名前無かったのかと思ったが、ピエロメイクをした店主がカウンターであれやこれやと大道芸を繰り出しながら接客する姿は、日常生活に疲れた人の清涼剤になっている。…かもしれない。
ともあれ、ここに来るまでの道中が大変だったのだ。
クロードの奴め、ハリセンとかいう素敵アイテムで人の頭をスパコンスパコンしやがって。
「あ、あっちに見慣れない道具屋が———」
スパコォン!
「え、ちょ、あの人の装備はまさかっ!?」
スパコォンスパコォン!!
「あそこから美味しそうな匂いが———」
スパコォンスパコォンスパコォン!!!
———あっちへふらふら、こっちへふらふらしていたら容赦なく無言でそりゃもうしこたま叩かれましたよ。
何気に親に叱られた子供を見るような生暖かい周囲の視線が一番痛かったです。
だって仕方がない。
こんな高揚感を抑えて素通りしろなんて、ボクにとって拷問だよ!?
まぁそんな訴えしたところで、この笑顔の鬼が容認してくれるはずも無い。出会った最初の初々しい彼は一体どこにいったのだろうか。
「はふぅ…」
そんな訳で疲れました。色々。
後で気になったところは行って見るとして、あの装備の人、今度いつ会えるかなぁ。
なんて考えながらテーブル席で両腕を前に伸ばしてだらーんと倒れ伏す。
それにね、胸が重いのよ。すっごく。
歩く度に縦横無尽に動くもんだから、身体が引っ張られそうになるわ、肩が凝るわで良いことない。
「………ごくり」
………うん、目の前に座る人から熱い眼差しを感じる。
視線の先には、うつ伏せになったことでテーブルと身体に板挟みになって形を変えた胸がある。
今来ている初期装備は、なんの防御力も無さそうな白いワンピース。
これがまた癖のあるのなんのって、胸元が大きく開いてやがりましてね?
こう、谷間を強調してるんだ。
公序良俗を守れとか言われても、初期装備の仕様なんですから運営に言って下さいとしか言えない。
はっきり言って生前の幼児体型よろしくつるーんでぺたーんなお胸様が良かった。
だってこれ、相当邪魔。
推定Eカップの肉まんが、ボクの得意としていたスピード重視の戦闘で慣性の法則に従った右は左へ上へ下へと駆け巡るだろう。
うあああ…憂鬱だ。
無邪気に笑う
さっきまでスパルタハリセンマシーンだった面影のない、目の前で熱光線かの如き熱い視線を向けるクロードにもイライラして来た。
「クロード、良い加減にしないと通報するよ? それともここで悲鳴を上げればいい?」
「へっ? あ、いえ、…ちょっと考え事をしてたので目線が下がってたんですねっ! …はははっ」
クロードがどんどん遠慮をしなくなって来ている気がする。何をいい加減にしろと言ったのか完全に知ってて誤魔化したよねこの男。目線下がってたって確信犯の発言だこれ。
ボクの行いの所為だとは信じたくない。断じて信じない。
溜息を吐きたくなる気持ちを抑えて、突っ伏していた身体を引き起こす。
「…で? ユーモラスなお店に連れて来てくれたのはわかったけど、本題を早く話して欲しいんだけど?」
「そうでしたね。…ここは割と人気あるんですよ? デザートの〝クレイジーピエロ〟がこれまた美味しいんです!」
「…何だろう。ネーミングセンスだけだと思いたいのに味覚センスも悪そうなデザートだね」
一体どこの世界にスイーツに〝狂気の道化師〟なんて名前を付けるんだ。ああ、ここに世界にオンリーワンがあった。
「まぁまぁ、話がひと段落してから食べましょうよ」
「え゛っ、ボクも食べるの?」
「俺の奢りなんで、気にしないでいいんですよ?」
「お金の問題じゃないんだけど」
俺からの誕生日プレゼントです。なんて気障っぽい感じでウィンクかましてきました。
慣れてないのにする事ないよクロード。
片目に力入れてるのは分かるけど、両目瞑っちゃってるから、それ。
「さぁ、楽しみも出来た事だし、俄然説明を聞きたくなってきたでしょう? ははは、これでも俺が任務で案内人をやるのはファクティスさん含めて三回目のベテランですからね!」
「お、おう…」
ボクの案内人の〝セカンド〟チュートリアルのマニュアルが何処かおかしい件。
「では、先ずはプレイヤーと〝セカンド〟の違いを知ってもらいましょう! ステータス画面を開いてください」
「はいはい。ステータスオープン」
道中のテンションの低さとは相反して、やたらテンションを上げてくるクロード。
〝クレイジーピエロ〟が楽しみなのか、目の保養したのか気掛かりだが、どちらにせよ情緒不安定な男だなと思う。
〝ステータス〟の開示方法は大きく3つある。
そのうちの一つ、音声認識を活用して定型句を読み上げると目の前に可視化したウィンドウが表示される。
因みに、念じたりする方式やギルドなどにある専用の端末で開いたりする方式もあるが、今回は〝オープン〟というオプション付きなので声で宣言してクロードにも分かるようにした。
通常〝ステータス〟で可視化したウィンドウは当人のみ閲覧可能となるが、〝ステータスオープン〟であれば、近くにいる人にも見えるようになる。
表示されたウィンドウを挟んで両側から二人で見つめる。
さてさて、ボクの初期ステータスはどんなもんかなぁ。
◆ステータス
名前:ファクティス=アルマ
性別:女 種族:???
年齢:18 RC:民間人 レベル:1
HP:57/57
MP:127/127
SP:68/68
攻撃力:19(筋力:0.57)
防御力:17(忍耐:0.55)
魔法攻撃力:21(精神:2.55)
魔法防御:18(抵抗:1.23)
器用度:25
素早さ:20
知名度:127 悪名:0
所持金:500マニー
◆スキル
なし
◆称号
なし
◆装備
白のワンピース 防御力+0
白いサンダル 防御力+0
「うわ、ボク紙装甲過ぎる」
思わず呟いてしまうほど防御が心許ない数字を叩き出していた。
各種ステータスは読んで字の如くだ。
攻撃力、防御力、魔法攻撃、魔法防御それぞれの後ろに()で括られた数値は、ダメージ倍率リソース若しくは作用値と呼ばれ、各種項目に関する計算を行うときに作用値の二乗を乗算される数値だ。
例えば、物理攻撃の際に100の威力がある攻撃は、筋力0.57の二乗を乗算されて34となる。
ちなみに、攻撃力、防御力、魔法攻撃力、魔法防御力、器用さ、素早さを、基本値と呼ぶ。
何故こんな計算がされているのかと言えば、このゲームにはリアル志向が強すぎて装備制限が無いのが理由だ。
純粋に強い武器で攻撃力を底上げしても、筋力が伴っていなければ、明らかに結果が出ない仕組みになっている。
特に攻撃力の高い武器ほど高威力になる傾向にある為に、重量減衰値なども加味されてそれはもう悲惨な結果が生まれる。
一部特殊扱いされる武器もあるが、己の力で振るう武器は大抵がこの仕組みに適応される。
武器以外にも本人の攻撃力と筋力値とで分けられている理由も、一応公式ではレベルアップに伴って上がる攻撃力は、経験を積み重ねた攻撃のコツを表現している数値。純粋な身体的な力を筋力としている。
ゲーム的には不可解な理屈だが、確かに戦闘を始めたばかりの初心者が、最弱格のゴブリンを数匹倒したところで筋力など普通上がるものではないと思える。
しかしゲームならばそれだけで
故に攻撃力などの基本値はレベルアップという仕組みで上がるが、作用値の筋力などは別の要因で上がるようになっている。
ちなみに素早さに関してはやや特殊で、回避コツや走るコツという点について他の基本値と変わらないものの、筋力も関係している。
…HPとMP?
ゲームに全て現実を引き合わせるのは良くない。
一応、HP、MPは倒した相手の生命核を吸収して自身のものへ変換していると最もらしい言い訳が用意されている。ソースは公式。
ボクの生きるゲームの
色々説明したが、要するにダメージの底上げに良い武器に変える、レベルを上げるだけ以外にも筋力をつけるという事も大事だという事だ。
初期の作用値は特に体格や種族に引っ張られる事もあってバランスが悪いが、基本値は本人の経験に基づいて一般的な初心者の平均よ
り高めだ。
ボクの元廃人プレイヤーとしての矜持が、とっとと全てのステータス数値を並べてやりたいという
「おお、ファクティスさん、レベル1にしては基本値すごい高いですね! 普通一桁か二桁かってところなのに…。これは相当廃人でしたね…」
「うーん、経験に基づいたものが基本値って知ってるけど、それにしたって低くない?」
「あー、まぁ、生前のプレイヤーステータスが高い人ほどそういう事言われるんですが、プレイヤー時の体格や種族と、セカンドとしての体格や種族ってだいぶ違うらしくて…。それが影響してるってのがセカンドクラン〝理論値大好きクラブ〟で提唱されてます」
「何その頭でっかちの集合体みたいなクランは」
「…世の中には色んな人がいるって事で」
クロードが遠い目をしている。
セカンド生活で何を見てきたのだろうか。
セカンドクランというのは、恐らくセカンド側で設立されたクランだ。
「でもその理論は納得できるかな」
体格が成長に連れて変わるだけでもスポーツ選手達は四苦八苦しているのだ。急に全く違う体格になれば、〝経験〟に基づく基本値が然程高くないというのも頷ける。
ボクの場合、1000倍近い違いがあるけど、脂肪の塊二つが足枷になっているんだろうなぁ。
逆にまた成長していける過程を思えば、むしろ楽しみだとすら思えるボクは生粋のゲーマーなんだろうな。
「これ、ファクティスさん。魔法に関しては作用値がとんでもない事になってますよ!! それに種族???ってなんですかっ!? 種族特性で魔法が高い…? でも未発覚の種族…。うーん」
「魔法値が高いことに越した事はないし、ボクとしては異論がないかな?」
「はぁ…、そういえばファクティスさんはこういう人だった…」
特大溜息をしながら憐憫の目で見るのをやめてくれませんかね。
確かに人よりちょっと楽観的な部分があるのは認めるけど。
「いいですか? 希少価値のある種族ってそれだけで狙われやすいんですから、特にファクティスさんは、そ、そのっ、か、かか、可愛いんですから…。気をつけてくださいよ。只でさえ最近物騒だっていうのに…」
「は、はぁ…」
〝何に〟狙われているとは明言していないが予想は出来る。
クロード曰く〝今回〟のボクは容姿もなかなかの物らしいし、古今東西『可愛い×珍しい』存在から導き出される答えは一つ。
問題毎や厄介毎の台風の目になる事だ。
「まぁ、だからなんだって話だけど」
「はぁぁぁぁ…。今後ファクティスさんの周りに集まるであろう人達に同情しますよ」
「クロードもそうでしょ」
「———だから、溜息ついてるんですよっ! 全く、見た目だけはいいのに、見た目は…」
「よかろう、ならば戦争だ。剣を抜け、爆乳変態野郎」
「爆乳変態野郎ってなんですか! そもそもファクティスさんは爆乳じゃないし、どちらかというと形、バランス、容姿が黄金比のサラ素晴らしい美乳タイプじゃないですか!」
「…自覚が無い変態は恐ろしい」
話してる最中もチラチラ目線を送って、美乳の件で恍惚な表情をする男を変態と言わずしてなんと呼べばいいのか。
あと店内の女性達から侮蔑の視線を向けられていることに気付けよ、推定十七歳の少年。
「はいはい、もう胸の話は終わりで。まーったく話が進まないじゃん。早く説明とやら終わらせてよ。面倒だから原稿用紙一枚にまとめて?」
「———〜〜〜っ!! この人は…!! 原稿用紙一枚なんて無理に決まって———」
「…ステータス項目にある、RC、知名度、悪名ってプレイヤー時代に無かったものについてだけど、RCは〝ロールキャラ〟といってゲーム内の自身の立ち位置を示すわ。アルファちゃんは〝一般人〟だからRPGに例えるなら町人Aってところね。それで知名度はそのまんまの意味だけどプレイヤーや〝セカンド〟にどれだけその人が認知されているかを表しているわ。一人最大10で、好印象であればあるほど高くなる。逆に名前だけ知ってる程度なら1くらいしか知名度は上がらない。悪名はその反対で、知名度の悪感情バージョンと言えばわかるかしら? この知名度と悪名のバランスでRCが決まるわ。私が知ってる中では知名度が三千万を超えて〝国王〟のRCを持った人もいる———って所かしらね?」
唐突に誰かがテーブルの横から割り込んで来たと思ったら、説明を始めた。
誰だろうと視線を向ければ、そこには長身痩躯のスレンダーな金髪美人エルフが腰に手を当てて立っていた。
目鼻立がスッとしてて、顔のパーツが小さい。頬はやや赤み掛かって健康的で、なにより何より吊り上がった目が簡単には
腰まで伸びた金色の髪はサラサラと艶やかに繊細で、色の白い肌と相まって触れてしまうと壊れるのではと錯覚させる。
高価そうな布の装備に包まれ、白磁のショートスカートからスラリと伸びる美脚は異性を引き込む魔力を秘めている様で、同性のボクも思わず視線を釘付けにされる。
背中には身長ほどの翡翠色の龍をモチーフにした大弓があり、華奢な身体で扱えるのか不安になるミスマッチさが際立っていた。
恐らく男なら放って置けない美人エルフは、その種族特性でもある長い耳をピクピクさせながら小振りな胸を張って堂々としていた。
対してクロードは突然の絶世の美人の来訪にも動じず、寧ろ『げっ』と厄介毎が来たと訴える表情を孕んで、やや椅子を美人エルフから引き離していた。
どうやら、彼女はクロードの琴線には触れなかったらしいが、何となく彼の視線がボクと彼女のある一箇所を行ったり来たりしているのを見て納得と同時に、自らの信条を一貫している男に侮蔑の視線でジトーッと見つめてしまう。
やはりこの男は胸フェチ…。
「な、なんだよ、セレジェイラ! 俺は今日から一週間依頼があるから忙しいって前もって言ってただろ?」
セレジェイラと呼ばれた美人エルフは、腰に手を当てたまま呆れた表情を崩さない。どうやら二人は知り合いらしい。
「ふーん、忙しい、ね。可愛い女の子にデレデレして、説明を無駄に引き延ばしている貴方がそれを言うのかしら?」
「いや、違うって! 引き延ばしているのは意図的なものじゃなくて、ファクティスさんが…」
「へぇぇ。終いには女の子のせいにするのね。サイテーな男ね」
弁明など無意味とばかりにクロードを責め立てるセレジェイラ。
何というか二人が普段からどの様な人間関係を築いているのか容易に想像できた。
暫く目の前で舌戦(一方的なものだが)を繰り広げているので、暇なボクは他人事の様に眺めながらお茶をストローでチューチューしていた。
「はぁ…。わかった、わかりましたよ。俺が悪かった。ご忠告ありがとうゴザイマシタ。ちゃんと説明するからもう帰っていいぞ」
「嫌よ。そんな態度取られたら勘に触るし、私もアルファちゃんとお話ししたいわ」
「んえ?」
お茶が無くなりかけた頃に、背後からむぎゅりとセレジェイラが抱き着いてくる。
何事かと目を白黒させるが、クロードは迷惑そうに呆れた表情でこっちを見てるし、セレジェイラに至っては、あーんかわいーとか
「ていうか、アルファ?」
「そうよー。ファクティス=アルマだから、略してアルファちゃんよ! クロードみたいな変態より私に色々聞いてちょうだい。そこのボンクラより役に立てる自身はあるわ」
「おい! そもそもこの依頼は俺が受けたのであって、セレジェイラが介入する必要なんて無いからな!? ていうかそもそも何でファクティスさんの事を知ってて、ここにいるのも分かったんだよ」
「偶然よ、ぐ、う、ぜ、ん。店内に可愛い女の子入って来たと思ったらあんたがいるじゃない? 後ろの席で聞いてたらセクハラ紛いの事してるし、これは放って置けないってことで割り込ませて貰ったのよ。それに〝案内人〟の依頼に助っ人は不可なんて規約ないしね」
「セレジェイラ、苦しい。タップタップ」
「あ、あらっ。ごめんなさいアルファちゃん」
…なんだろうこの
髪の毛優しくなでりこなでりこする美人エルフと、犬歯を剥き出しにして睨みつける変態の構図に頭が痛くなって来た。
誰でもいいから早く終わらせてくれないかなと、他力本願なボクもボクなのであった。
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