LEVEL1 説明書は読まない主義
「ふおぉぉ……!」
今ボクはテンションアゲアゲです。
理由は簡単、目の前に広がる光景にワクワクしているからだ。
まるで統一性のない建物が乱立するアストガルドの街並み。
中央に聳え立つ天をも貫く白亜の巨塔。
新しい門出を祝福するかの如き真っ青な晴天と、そこに浮かぶ天空の島や、街を巡回する騎乗衛兵騎士のワイバーン。
塔を挟んで南北に伸びるメインストリートに
ゲームとして遊んでいた頃よりリアリティが増した気がして、ボクは本当にこの世界に生まれ変わったんだと実感した。
完全なる五感再現を謳っていた筈のこのゲームも、現実と非現実の壁は超えられなかったようだ。
嗚呼、だからボクにとって〝現実〟となったこの世界はこんなにも美しい。
「———……のっ、あの!」
足元で七色に光る魔法陣を撫でる。
うん、質感は地面の石畳のものしか感じないけど何か温もりが伝わる。
ゲームの時だと何も感じなかったし、こうやって魔法陣に触れたらグラフィックの問題でただすり抜けるだけだった。
でも見て欲しい、ボクの手が光で透き通るように光るこの光景を!
ゲームの再現なんてクソ食らえ! ゲーム世界に生きるボクこそがこの世界の真実なのだ!ふはは!
「え、帰還魔法陣触って何してるのこの人…。あの、ちょっと、ねえ、聞いてます?」
立ち上がって今度は自分の長い髪を掬う。
———!!
サラサラと手から流れる髪の毛一本一本の質感が艶かしい。うん、リアル。
喉を触って「あー」と声を出す。
すると触れている指先に声の微細な振動が伝わってくる。うんうん、リアル。
見下ろして足までの視界の中を遮る双丘を両手で掴む。柔らかい。
手から溢れんばかりのおっぱいを力の限り揉みしだく。すると服の上からであるが、形が面白いくらい歪む。
「えっ、な、何を、してるんですか!? わ、わぁ…形が、ふにゅふにゅって———すごい」
うんうん、おっきいおっぱいいっぱい。
リア———……ル———。
「じゃない!!!」
「うひゃあっ! ご、ごめんなさい見てません、俺は何も見てません!」
ボクはこんなおっきいおっぱい無かったよ!
どうして今の今まで気付かなかった! え? 周りの景色に目を奪われ過ぎてた? そうですかそうですか。
何が『身体情報を読み取って身体を生成する』だよ!
誤作動起こしてますよ、ボクこんなナイスバディになった事一度もありませんよ!
その時ふと、にこにこしながらこれも研究の為だとボヤッとした口調で言い放つ憎たらしい姿を幻視した。
…許さん國重敏之。
「あ、あのー、もういい加減気づいて欲しいなっていうか、気付かないなら気付かないでもう少しふよんふよんを見せて欲しいなって…」
まあ済んだことは良しとするしかない。
戦闘する時とか邪魔だし、バランスも気を使わなきゃいけないけど、慣れだよね。
さて次は…。
ワンピースの裾を掴んで、一気に———。
「させないよ!? もう、注目集めてるからやめ———……、うわっ!?」
急に背後から肩を掴まれたので、反射的に腕を振るう。顔面直撃コースだ。
が、がしりと掴まれて封じられてしまう。
「あ、危ないなぁ。俺らは街中でもPK保護が無いからダメージ入るんですからね!?」
「へえ、ボクの背後に立つからには覚悟を決めてる?」
「どこのサーティーンだよ!」
「アイスは好きだけど?」
「似てるけど違う、おしい! じゃなくて…、ああもう!」
「それより手、痛い。離して」
「へっ? あ、うわぁっ! ご、ごめんなさい」
解放された手をさすりながら振り向くと、真っ黒なマントを身に包んだ骸骨がいた。
もう一度言う、骸骨が、いた。
「あっ、もうお迎え来たのか」
「違うよ!? 死神じゃありません!」
「……モンスターが街中に? 何かの襲来イベント?」
「スケルトンでも無いです! ほら——」
そういうと、骸骨はマントを脱ぎ捨てる。
どういう理屈か、その瞬間に骸骨だった顔は赤髪の好青年へと変貌していた。
マント下に着ていたのは黒い甲冑鎧で、太陽光によって鈍く光り輝いている。
「これは、〝透ける、とんでもないマント〟っていうジョークアイテムです。 俺の友人がふざけ半分に作ったのを無理やり買わされた挙句に、宣伝の為にそれを付けて行動しろって言われてて…」
スケルトンでも無いマント、ね。
さっきまで骸骨だったのは、顔の皮とか筋肉とか透けて見えていたからだったらしい。
成る程、スケルトンでも無いし、服だけではなく皮膚や肉まで透けてしまうとんでもないマントだ。
「そもそも、その格好で背後に立っていきなり肩を掴むのは明らかに事案発生だと思うけど」
「あっ、いえ、その……。……すいません。初めてで不安な人を驚かせて場を和ませようとしたんです」
如何にも暗黒騎士然とした格好の好青年が、しょんぼりと肩を落として項垂れる光景は中々にシュールだった。
それに多分気の弱い人とか、めちゃくちゃリアルな白骨が話し掛けてきたら失神すると思うけど、そういうの考えているのだろうか。
「で、さっきからボクの胸を見まくってた人が何の用?」
「えっ、あ、気付いてたんですね…。そ、そんなつもりは無くて、寧ろいきなりで驚いたくらいで…」
「もっとやれ的な発言してなかった?」
「ち、違うんです! そんなつもりは無かったんです! これは勢いというか、少しだけならいいかなっていうか…」
「言い訳が完全に性犯罪者のそれだと理解しているのかな、キミは」
「うぅ…、ごめんなさいぃぃ!」
ガチャガチャ音を立ててその場で勢い良く土下座を敢行する暗黒騎士。
なんだろう、凄くシュールだけど暗黒騎士を従える魔王の気分になって思わず苦しゅうないって言いそうになる。
…このままだと話が進まないな。
何か理由があって話し掛けていたのだろうから、助け船を出してあげることにしよう。
「…で、何の用でこの帰還魔法陣から
「や、やっと話しを聞いて貰えるっ!! よ、良かった! こんな依頼受けなきゃ良かったって思い始めてたところだったよ!」
結構明け透けに感情をぶちまける性格らしい彼は、感涙といった風に涙をドバドバ流しながら顔を上げる。
「う、うわ。凄いよ。顔中汁だらけだよ」
「えっ、あっ、えっと———………よし」
自分では気付いてなかったようで、腕で顔を擦って涙を拭い、その場にビシッという擬音が聞こえるような勢いで素早く立ち上がる。
どうでもいいけど、甲冑鎧で顔を拭って痛く無いのだろうか。あとそれ水分拭き取るのには向いてない気がする。ほら、なんか顔も甲冑鎧もてらてら光ってるし。
「申し遅れました。俺は貴方の〝案内人〟としてこれからこの世界での生活をサポートするクロードと申します」
「これはご丁寧にどうも。ボクはファクティス=アルマ」
「ファクティスさん、ですね。よろしくお願いします」
「よろしく」
成る程、無差別に話しかけるナンパ的な何かでは無いようだ。
よく新人プレイヤーに、困ってるなら案内するよと言って、あれよあれよの内に自分のクランに引き込んだり、親密な関係を迫ったりする者達を見て来たが、クロードと名乗った男は違うようだ。
先程、何処かから
こうやって話している間にも、帰還魔法陣で何人もの人が飛んで来ていたが正直見た目だけでは、〝生まれたて〟なのか、
その中にも、誰かに話しかけられて一緒に連れ立って移動する人も居たが、あれは今のボクとクロードのような関係なのか、仲間内で待ち合わせしていたのかもわからない。
つまりクロードは〝何らかの手段〟で事前にボクの容姿を確認して待機していた事になる。それが容易なのは…。
「クロードは、運営の人間?」
「あ、いえいえ。今は似たような位置に居ますけど、俺はファクティスさんと同じですよ。俺はただ、運営側から俺やファクティスさんみたいな〝セカンド〟に公式依頼として発行されたものを受注しているに過ぎないんですよ」
「へぇ。確かにそれじゃあ運営サイドってわけでも無いか。それに〝セカンド〟ってもしかして———」
「恐らくファクティスさんの予想通りですよ。〝セカンド〟というのは、現実世界で死んで
The Second Worldは第二の世界という意味だと思ってたけど、第二の人生っていう意味も含まれて居たのかもしれない。
現実世界のボクが〝ファースト〟で、ここにいるボクが〝セカンド〟ってところかな?
「しかし公式依頼、ね。運営も人不足なのか、遂に人員に糸目を付けられなくなってきたのかな」
「ま、まぁそういう裏事情については俺は知らないですけど。案外、早くこの世界に馴染むように少しでも繋がりを作らせる意図もあるかもしれないですよ? ………ファクティスさんは想像以上に馴染んでるというか、堂々としてますけどね」
そう言いながら眉根をへの字に曲げて困惑したように笑うクロード。
笑うと爽やか好青年だ。さぞや同年代からモテるだろう。
まあ、ボクは第一印象からして既にイメージが
「まあ未練がないと言うか、むしろこの世界に来れなかったら未練があったかもしれないというか」
「それでも凄いですよ。これでもゲーマーを自負してた筈の俺なんか最初の一週間は現実味があり過ぎて、何かの催眠術の類を疑ってた程なのに…、自信無くすなぁ」
「まぁ、人を人として思わない変人に変人扱いされる程度には変わってるという自負はある」
「えっ、ゲームの中の話、ですよね?」
おい、珍獣を見るような目で此方を見るんじゃない。
どうやったらそんな変人と関わりを持ってその上変人扱いされるんだと、クロードの目は語っていた。
「まあ、それはどうでもいいじゃない」
「え、あっ、まぁ…。………俺は世界の深淵を覗いてしまったかもしれない」
「大袈裟だよクロード。ボクは普通にゲーム大好きなゲーマーだから」
「そ、そっか。そうですよね。…話が脱線してしまいましたね。まずは俺みたいな〝案内人〟が生活をサポートする、という意味はわかりますか?」
「ゲーム的に言えば〝チュートリアル〟って所かな?」
「流石ですね。その通りです。プレイヤーだと初めてこの帰還魔法陣に来た時に衛兵から受けるんですが、〝セカンド〟は〝セカンド〟が担当するようになってます」
「へぇ。別に担当のNPC配置してやらせればいいのに」
「あー、そうですよね。…あまりにファクティスさんが馴染んでいたので失念していました」
そう言って困った顔をして頬を掻くクロード。そして一拍おいて、ゲームシステムの根幹を揺るがす爆弾を投下した。
「………このゲームにはNPCなんて存在してないんですよ」
「…え? NPCが存在していない? いや、確かプレイヤーでいた時は専用のストーリークエストも有ったし、店とかも有ったよね?」
「ははは、皆さんそういう反応をするんですよ。でもね、同時に答えを聞くとみんな納得してくれますよ。…ファクティスさん、俺の頭上、見てくれます?」
そういってクロードが指すのは、自身の頭の位置より高い所。
そこにあったものは————。
「青い、アイコン…」
現実だ現実だと騒いでいて見逃していたものがあった。
TSWでは、その人物の頭上にあるアイコンの色でとある判別をしている。
但し、人混みの中で全てが見えると邪魔臭くて不便だという事もあり、意識しないと視覚情報として認識出来ないものだ。
そしてその色、クロードの頭上にある青いアイコンの意味は…。
「なるほど。NPCは〝セカンド〟だったってわけね。だから専用NPCによるチュートリアルは無いし、運営から〝セカンド〟に対して〝セカンド〟のチュートリアルを依頼されると」
因みに、緑のアイコンがプレイヤーで、赤いアイコンは敵対アイコン、黄色は中立だったかな?
「そうです。プレイヤーにチュートリアルを実施している衛兵だって、見た目は同じですが〝セカンド〟ですよ。まああれは運営から依頼を受けた者に配られる〝衛兵なりきりセット〟っていう変身装備を付けているからなんですがね…」
「人間らしいAIを組み込んでるんじゃなくて、ボクみたいに生まれ変わった人間だったって言われると何だか納得しちゃうな」
AI業界では、人間の感情の完全再現が一番難しいと、誰かに聞いたことがある。
人工知能は、常に学習して場面毎の最適解を導き判断をして実行するという特徴がある。
だが、コンピューターの物差しで測るにしては人間の感情というのはともかく不安定なのだ。
それを踏まえた上で、このTSWに於けるAIの在り方といえば、それぞれに人生があり、性格があり、情緒があると感じられる。
額面通りに「AIなんですよこれ」と言われて「化学ってすげー」で済ませてしまう人が大半だろうしボクもそうである。
まあ、生身の人間の脳を情報化してデータに投影しているという〝セカンド〟とやらも十分に化学ってすげーなんだが。
「という事なので、こうやって先駆者である俺達が、新人〝セカンド〟にあれやこれやをレクチャーしてるって訳です。この世界はプレイヤーと共生しているようなものですから、禁則事項も伝えなきゃいけないし新人さんには聞いてもらう事を義務付けていますんで。…その上で守る守らないは自己責任って事で」
「なんか最後の一言が現実味に溢れてて辛い」
「いや実際にいるんですよ。ゲームに生まれ変わって何か勘違いして禁則事項に抵触しちゃう奴。相応の罰が下されるんで、それを承知の上でなら止めませんがね」
「なんでもいいや。ゲーム楽しめれば」
「ええー……。ここでちょっとビビってくれないと禁則事項の重みがないじゃ無いですか!」
「いや、ゲームをする上でマナーを守って遊ぶのは某遊びの王様だって推奨してるんだよ? 生粋のゲーマーを舐めちゃいかんよクロード君」
非常に複雑な顔をして項垂れるクロード。
本人にそれを告げた所で、誰のせいだと言われかねないので自重する。それくらいの出世術はあるのです。ふふん。
「あとは実際に〝セカンド〟として、色々動きながらの説明もあるんで、息抜きも含めて一週間くらいの付き合いになります。覚悟してくださいね?」
なんだろう。
どちらかというと覚悟してます!って表情をされているんだけど、ボク怒っていいかな?
「そういえば案内人とやらの依頼って誰でも受けられるの?」
「いえ、厳正な審査と厳しい条件があるので中々受けられないんですよ。新人それぞれの性格や過去の境遇とか、色んなデータを統合してその人に任せられるかどうか、なんて適性検査もありますしね」
「へえぇ。色々厳しいんだ」
「まぁ、これを機に異性と仲良くしたいって不逞な輩も少なくは無いので」
「さっきおっぱいを見ていたクロード君は不逞の輩じゃないの?」
「なっ、なっ…! お、おっぱ……っ! ち、違います!! あれは本当に不慮の事故ですし、その、男だったら……、ファクティスさんみたいな、か、可愛い人とお近づきになりたい人は、沢山いると思いますし……」
やっぱりからかい甲斐がある。
顔を真っ赤にさせてモジモジする好青年は非常に絵になるね。恋に恋する乙女のハートにズキューンですよこれ。
「いや、ごめんごめん。つい面白がってからかっただけだから」
「も、もう…ファクティスさん! …はぁ、何で俺はこの人の適正検査通ったんだろ…」
「相性バッチリじゃない?」
「ファクティスさんが楽しむだけの相性って意味じゃ無いですよね?」
「………」
「何でそこで黙らんですか!? あっ! 目を逸らした! 今、目を逸らしましたね!?」
「さぁ、ボクに色々教えてね、案内人さん?」
「はあぁぁ…。もう、わかりました。役目だけでも全うしますよ俺は」
暗黒騎士は肩を落としてトボトボと歩き始める。背中には黒いオーラが漂ったどんよりムードだ。
…やり過ぎたかな?
何か呪術魔法とか使ってきたりしないよね?
「…ここじゃ目立つんで、ゆっくり話せる場所に行きましょう」
「…ボクは説明書とか読むタイプじゃないんだけど」
ボソリと呟いたはずが、クロードは肩をピクリとも震わせて振り返ると、ボクの両肩を掴んで
「何か、言いましたか?」
「あ、いえ、ナンデモナイヨ?」
「そうですか、良かったです」
ニッコリと笑って、また歩き出す。
説明書読まない派だから、説明も要らないと取られたんだろう。
ゲームとかのチュートリアルも全てすっ飛ばしてインターフェースとか実際の感覚で確認するのがボクのスタイルだ。
散々振り回してやっぱ要らないや、っていうのは良くないよね。うん。
何となくもう話し掛けてくるなオーラを発していたので、クロードの目的の地までは黙ってぽてぽてと後ろに付いて歩いて行った。
騒ぎと言う程の騒ぎじゃ無かったが、実は結構注目を浴びてたんだなぁと、身体に突き刺さる視線に想いを馳せる。
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