第8話 最期。
「ユキ、大丈夫?」
声をかけると、僅かに目をあける。
「……もうだめみたい」
かすれた声でユキが答える。少し笑って、そう言った。何も言い返す言葉が浮かばなかった。僕はそっと体を横にする。初めて出あった時と同じように。違うのは、ユキの容姿と羽。
ユキの体は酷く衰弱していた。僕にはもうどうすることも出来なかった。手を握り、その温もりを感じることしか、できない。横に座り、ユキの鼓動を感じる。
「あんなこと言ってごめんね、大好きだよ」
涙を零しながら、ユキは告げた。僕は驚かなかった。
「僕もだ」
握った手に力を込める。ユキは少し笑った。
「出あったのがあなたでよかった」
僕はその手を頬にあてる。
「そうだね」
少しだけ、話をした。出あった時のことや、髪を切ったことや、山を歩き回ったこと。けれど段々とユキはうなずくしぐさだけでしか、意思を伝えられなくなっていく。別れの時が、迫ってきていた。
そしてついに、重い口をひらいた。
「そろそろ、返るね」
僕は焦る。
「まだ早いよ」
出会ってから数日しかたっていないのに、まだたくさん話したいのに、側にいて欲しいのに、好きなのに、どうして。どうして離れなければならないのか。一緒このまま二人で暮らせれば、それだけで幸せなのに。
「返ってきなさいって」
落ち着いた声。僕の混乱していた頭はいっきに冷静になる。もう、どうしようもないのだ。涙を堪える。
「また、会えるかな」
なんてことを僕は言ってみたりした。他にも伝えたいことがたくさんあったが、今はこの言葉しか出てこなかった。
「私はいつもこの星にいるよ。いつも側にいるよ。だからこれはさようならじゃないよ」
「うん」
一生懸命言葉と繋げるユキ。僕はうなずきながら両手でユキの手を包み込む。
しかしこれが永遠のさよならなのだと、僕もユキもわかっていた。もう、次は無いのだ。
「だいすき」
優しく笑った後、ぱたりと手が落ちる。ああ、と僕は嘆いた。冷たくなっていく頬をそっと撫でる。
やわらかくてさらりとしていた。しかし触れた所からすぐに崩れて土となった。ついに彼女は死んでしまった。もう二度と会うことはない。けれどいつだって側にいてくれる。その方が辛かった。
たった数日だったが、彼女と過ごした日は本当に一日一日が楽しくて嬉しくてたまらなかった。
僕は胸をはって言える。ユキに出会えてよかった、彼女が好きだったと。人間じゃなくても好きだったと。気がつくと、僕は泣いていた。
真夏の中での短すぎる恋だった。
せみ少女 冬石 @fyic
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