目が覚めたら殲滅すべき対象の下僕になっていましたが、僕は当主になれるよう励みます

伸夜

モノローグ

「大丈夫ですか?」

 そこに倒れているのは1人の男の子で、たったさっき出会ったばかりの子で。周りにもたくさんの大人や子供が倒れていて。でも、みんな死んでいるようで。

田宮たみや…何が起きてるんだ……」

 男の子はなんとかして、田宮という男に声をかけているようだが、その田宮と呼ばれた男は男の子を庇ったらしく男の子に覆いかぶさっている。が、恐らくもう生きてはいない。男の子の方も、脇腹のあたりに傷を負っていて真っ赤な血が溢れるように流れ出ている。

 何故か、自分だけが無傷で立ち尽くしている。

「話さない方がいい。それ以上話すと死ぬよ?」

 自分はどうすることも出来ないのに、その男の子をどうにかして生かそうと思った。血を止めたくて必死に手で負傷部分を押さえるが、血は止まりそうにない。

「どうしますか?自分はあなたを助けたいです。でも、このままだとあなたは死にます。でも、ひとつだけ方法があります」


「田宮、あの子は誰?」

 一面ガラス張りで真っ白な病室の中におびただしい数の医療機器。その病室のベッドに女の子が拘束された状態で横になっている。祖父の病室を訪れた帰りにエレベーターを1階ではなくいつもは降りることのない4階で降りた。ちょうど4階でエレベーターが止まったから間違えて降りてしまった。ただそれだけだった。

「あ、秋冬しゅうと君、田宮さん。こんにちは、お久しぶりです」

 爽やかな少年がいた。

朔桜さくら様、お久しぶりでございます。4階で何をなされていたのですか?」

 綿橋 朔桜わたはし さくら確か15歳。最年少で隊長を務めているという。

 僕の一家、納屋神のやがみ家は日本有数の対キョンシー殲滅を生業とした一家だ。僕、納屋神のやがみ秋冬しゅうとは一応そこの長男で次期当主候補でもあるのだが、実力主義者である祖父の考え方からすると、次期当主はこの綿橋 朔桜ではないかという噂もあるほどだ。

「ちょっと、お呼ばれしまして。俺はこれで失礼しますね」

 頭を下げて立ち去ろうとするところを田宮はすかさず掴んだ。

「それは本当でございますか?この階は納屋神一族以外と室長以外は入ることを許されておりません。わたくしは秋冬様のお付きであるため例外として許可されておりますが、それも一部だけでございます。もし、朔桜様であろうとも何かお企てであれば」

 すぐにでも戦闘を始められそうな状態である田宮の言葉は途中で遮られた。たとえ、最年少で体調を務め次期当主候補と噂があるとはいえ、きっと田宮に勝つことは出来ない。田宮は僕の付き人をしているがそれは田宮家が昔から納屋神家に仕えてきた一族であり、納屋神家長男である僕を護衛するという任務がなければ、前線で活躍できる強さを持っていることを僕は知っている。

「違いますよ。そんなこと絶対しませんって。ちゃんと本物ですよ?」

 そういうと、ポケットから納屋神家の家紋が書かれた許可証を取り出した。

「大変、失礼いたしました」

 田宮は深々と頭を下げた。

「いいですって。俺だって、限られた人しか入れないところに部外者がいたらまず疑ってかかりますし。それよりも秋冬君、ドーナツ好き?室長に持ってきたんだけどさ、ダイエット中だからいらないって言われて。おいしいって最近有名だからわざわざ並んで買ったんだけどね。俺は甘いものあんまり好きじゃないし」

 僕は田宮を見た。僕はドーナツというものを食べたことがない。親からそのようなものは体に良くないと言われて育った。

「食べたい…」

 ほんとは断ろうと思った。でも、食べて見たいと思った。ふと、心の声が漏れた。

「秋冬様、そのような物は」

「えー、田宮さん。ちょっとくらいいいじゃん。じゃないとこれ捨てないとだし」

「田宮、お願い。一口だけでいいから。帰ったらいつも以上に剣技の訓練頑張る」

 ドーナツの袋を受け取って僕はひとつの病室の前で止まる。

「秋冬様、私たちも帰りましょう。ドーナツ食べて訓練頑張るのでしょう?」

「秋冬君、あの子のことが気になるの?あの子はね、このあいだの事件の時に保護した子なんだけどちょっとした事情があってね。ここで療養中なんだ。じゃあ俺はこれで失礼するよ」


 少女が遠のく意識の中で必死に話しかけてくる。確か名前を×××と言っていた気がする。僕は突如何者かに脇腹を引き裂かれたが、付き人の田宮がかばってくれたおかげでまだ死んでいない。田宮は少し離れたところに倒れていて生きているか分からない。もう死ぬのかと思うと、もっといろんなことをしてみたかったと思う。親に反抗してでもいろんなことをしてみたかった。

少女は突然ピタリと話しかけるのをやめると意を決したかのような顔をした。僕の意識が遠のく最後の記憶は

「ごめんなさい」

 という少女の言葉と静かに僕の首筋に顔を埋める姿だった。

 これが、どんな意味であるかも知らずに。


 いつだって、突然物語の幕は開ける。たとえ望まぬ運命だとしても——


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目が覚めたら殲滅すべき対象の下僕になっていましたが、僕は当主になれるよう励みます 伸夜 @shinyayoru9

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