第11話

 すると、階段からマンガ本を手に持った飯島と山田があがってきて、真っすぐにテーブルへ近づいた。


「いい香りしてますね、ボンしているんですか!」


 山田は叫ぶように高い声を出した。


「ああ、一緒に吸おうぜ!」


 坂田は空いているイスに手をむけた。


「ぼくも一緒にしていいかい?」


 飯島は脂(あぶら)ぎったどぎつい顔で言った。


「もちろんですよ!」


 桜井もうしろどなりにあるイスをテーブルに近づけた。角田と桜井のあいだに山田は座り、坂田と川内のあいだに飯島は座った。角田はハシシをビー球ほどちぎり、さきほどと同じように火をつけた。


「それで、ぼくは角田さんと一緒に踊りつづけて、宿に戻ってきたんですよ」


「えっ? 踊りつづけたって、なに? どっかでパーティーがあったの?」


 山田はすばやく反応した。


「えっ? なにって」


 桜井は山田に顔をむけ、答えようとした。


「ああ、パーティーがあったんだよ」


 角田はハシシをこねながら言った。


「いいな! パーティーがあったんだ! どこであったんですか?」


 山田は手にこぶしをつくり、体を震わせて言った。


「小道だよ」


 桜井はぼそっと言った。


「えええええ? 小道で? 小道って、ふつうの小道?」


「そうだよ、そこらへんにある小道だよ」


 桜井はえらそうに言った。


「角田さん、この人数だから、おれ、ジョイントも巻きますよ」


 坂田はそう言って、テーブルのうえにある青いリズラから巻紙を一枚とった。


「ああ、そうしようか」


 角田はりりしい目で坂田を見てから言った。


「坂田君、おれも巻くよ、夜は長いから大量に用意したほうがいい」


 川内はアジャンタのレセプションカードを指でちぎった。


「あああ、そうだな、川内さん」


「すげー! 道路でパーティーだ?」


 山田は体を上下に揺らした。


「それだけじゃないよ、動くパーティーだからね」


 桜井は手を横に動かして言った


「ええっ? 動くパーティーってなに?」


「すごいよ! 軽トラの荷台に、こんな大きなスピーカを載せて、心臓の鼓動を間違えさせるぐらい音を出しているんだから。それも、大量のインド人のオプションつきだよ」


 桜井はイスから立ちあがり、手でスピーカーを型どった。


「すげー、楽しそう! そいつは画期的だね!」


 山田は体をさらに震わせた。


「いや、ほんと楽しいよ! ねえ、角田さん?」


「ああ、まったく、すばらしいね!」


 角田は片手を広げて言った。


「いいないいな、ぼくも参加したいな、ねえ、つぎはいつある?」


 山田は目を輝かせて桜井に聞いた。


「どうだろう? 角田さん知っている?」


「いや、知らないな」


「あの、うるさい軽トラックだろう? あれならひんぱんに走っているから、明日も走っているんじゃない? ほら、明日は土曜日だろう?」


 飯島は目を大きくして、たんたんと説明した


「そうですか? 明日も走ってますか!」桜井は口をとがらせて言った。


「飯島さん、知っているんですか?」坂田はおどろいたようすで言った。


「ああ、寺院のほうへ行くと、よくみかけるよ。もっとも、ぼくは通り過ぎるだけだけどね」


「ええ、もったいない!」桜井はふざけた声をだした。


「おい、桜井、バカげた踊りが嫌いじゃないのか?」坂田はすかさず桜井に言った。


「ええ、嫌いだったんですよ、だったんですよ、今はむしろ大好きです!」


「軽いヤツだな」


「柔軟なヤツって言ってください。ねえ、明日、一緒に軽トラを探しに行かない?」


 桜井は山田に向かって言った。


「いいねいいね! もちろん行くよ! ぼくさあ、眠るよりも、踊ったほうが体が回復するんだ」


 山田は顔をブルブルと震わせた。


「角田さんも行きますか?」


「ははは、そうだな、約束はできないけど、タイミングがあったら行こうかな」


 角田はチラムを持って、待ちかまえていた。 


「他の人はどうですか? とくに川内さんは一緒に踊ったほうがいいと思います」


「ああ、そうだ、おれも行こう」川内はやる気なさげにこたえた。


「ぼくは、どうもね、遠慮するよ」飯島は笑いながら言った。


「そうですね、飯島さんは毎朝ヨガしてますもんね」


「おれは行かねえよ、めんどくせえ」坂田は手ではねのけて言った。


「坂田君には聞いてません!」桜井はそっけなく言った。


「なんだと!」坂田は体を前にだした。


「坂田君も一緒に行きましょうよ? 踊るの楽しいですよ?」


 山田はなだめるように、明るい声で言った。


「そうか? けど、なんかな、明日の調子によって決めるよ」


「そんなこと言って、どうせ行かないんだから」桜井があざけるように言った。


「おい、おめえはなんなんだよ? このしりがる野郎が!」


「まあまあ、用意ができたことだし、ボンでもしようじゃないか」


 角田は微笑みながら、やわらかい口調で言った。


「ああ、そうっすね」


 坂田は思い出したように、とまっていた手を動かしてジョイントを巻きはじめた。


「おい、桜井、タバコがまじるけど、我慢して吸えよ」


 坂田は人差し指と親指を動かしながら言った。


「ええー、イヤですよ、ぬいてください」


「おい、すでに入れたぞ」川内はジョイントの先をつまみ、前後に振りながら言った。


「えええ!」


「べつにいいだろう?」川内はどすのきいた声で言った。


「まあ、しょうがないですね」


 桜井は残念そうに言い、ライターの火を角田の前にもっていった。


「ボン、ボレナ」


 角田はさきほどよりも激しく、魂をこめるようにチラムを吸った。丸いラッパ型のえんとつから、ゆんやかに煙が数回広がり、霊気をふくんだエクトプラズムを吐きだすように、流動的な息を吐いた。


「ははははははは! すげー! ははははははは!」


 山田がかん高い声を狂ったようにあげた。


「いや、すごい!」


 飯島は顔を凍らせ、冷静なくちぶりで言った。


「もう、角田さん、年季はいりすぎだって!」


 坂田は巻紙のうえの大麻を大量にこぼしながら言った。


「だって、角田さんは神ですから、もう芸術ですよ!」


 桜井は自分のことのように言った。


「ほんとすごい! それに、このイタリアン・チラム、そうとう年季が入ってますね。はじめて見ましたよこんなの!」


 山田は角田からチラムを受けとり、顔をちかづけて言った。


「いや、なに、使っていればかってになるさ」


 角田はあたりまえだと伝えるように言った。


「ええ? どのぐらい使っているんですか?」山田は角田の顔を見た。


「どれくらいだろうな? たしか十年前だったかな? コルカタの宿で知り合ったイタリア人にもらったんだよ。だけど、もらった時点でだいぶ使いこまれていたな」


 角田は懐かしそうに言った。


「ええええ? 十年前って? 角田さん、いったい、いつからインドにいるんですか?」


 坂田はできあがったジョイントに火をつけるのをとめた。


「忘れちまったな、どれぐらいかな? たしか、きみたちと同じぐらいの歳ごろに来たから、そうだな、もう、三十年はなるかな?」


「アナタタチ、ヤショクハナニタベル? ホラ、イッコタベタラサンコタベルヨ、タマゴプリン、ナンコタベル?」


 階段からタメルの声が聞こえた。

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沈没 酒井小言 @moopy3000

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