第4話
そんなある日のこと、僕と“嘘をつかない友人”が最近のインモの状況について話をしていた。
「だいぶお盛んなようだな。」
「そうらしいね。」
「随分と人ごと扱いをするじゃないか。」
「わたくし、宣教師インモとしては、布教活動に便利になった。けれども、こういう騒ぎ方は望まないものでね。」
“嘘をつかない友人”はやれやれというふうだ。
「そうかな? 俺にはそれだけとは受けとれんが……。ともかく、お前さんの布教活動のお陰かどうか知らんが、学校中で『カミ』にたいする態度が変わったようだぜ。俺が出ている美化委員会じゃあ一カ月に消費されるトイレットペーパーの量が減ったし、トイレットペーパーへの悪戯も減ったという報告があがっている。噂によると、あのハゲ親父……ああそうだ、教頭先生のことを日頃から悪く言ってる奴が、円形脱毛症になったってね。カミ様の祟りもまんざら嘘じゃないな。」
「信じるものは救われるのです。」
彼は、僕の返答に苦笑して肩をすくめてみせた。そして、「いい忘れたが」と前置きをしてから、彼は僕をのぞき込みながら話した。
「世間で最近話題の“シスター”って知ってるか?」
「”シスター”?」
「そう、“シスター”だ。正式には“シスター・……”。おっ、噂をすればなんとやら。」
「え?」
そうして僕らのところに“女神様”が現れた。“女神様”は言った。
「何を話していたの?」
僕は答えた。
「布教の成果についてね。」
「カミ様の偉大なる力の具現をね。」
“嘘をつかないはずの友人”が付け加えた。
女神様は「まあ」ではなく、「あらあら」という顔をした。
「せっかくのお話の途中でわるいけど、ちょっといい?」
僕らは顎を上下させた。
「……神父さま。少しお時間いただけるかしら?」
僕が何とも言わないうちに、友人が肘で僕の横っ腹をこづいた。
「どうぞ、シスター。私はこれでおいとましますから。」
“嘘をつくふりをする友人”は、そういって立ち去り間際に、女神様が“シスター・インモ”だ、と小声で僕の耳元につぶやいた。
その場に、“神父”と“シスター”が残った。
僕とシスターは、“若い二人に気を遣った友人”が立ち去った校舎の屋上のベンチに座って話をした。
屋上の空は青く高かった。
「布教のあおりで君がいろいろいわれているようだけど。」
僕は冗談のつもりだった。ところが“女神様、改めシスター”は違っていた。
「いいの、きにしてないから。」
「今のは冗談。」
こうして屋上で繰り広げられるはずだった“神父”と“シスター”の宗教についての話し合いが大したラリーもなく、あっけなく終わってしまうと、それから会話は一向に捗らなかった。
流石に居心地が悪くなったのか、問題の源泉となった髪様の話題に“シスター”が敢えてコトバを放り込むと、会話は再び軌道に乗り始めた。
「メデューサみたい。」
「そう見える?」
「ごめんなさい。」
「それは異教徒の言葉だね。カミに仕えるものは、カミに罪を告白するからね。」
「そうね。」
「メデューサは、ギリシャ神話だったかな、ローマ神話だったかな……。」
「ギリシア神話。」
「ギリシア神話か。」
「テセウスとアドリアドネも、アンドロメダとペルセウスも、ギリシア神話。」
人の少なくなった校舎の屋上に、チャイムが鳴り響いた。まだ話の途中だった。途中どころか、始まったばかりだ。
「続きはお預けだ。教室に戻らなくちゃ。」
僕は立ち上がった。しかし彼女は座ったままだった。短い休み時間は終わった。
その後、公に問題とされた「インモ」騒動は、わざわざ時間をとって人権教育・討論へと発展した。そして、生徒のなかで人権についての意識が高まり、それを契機にして生徒会活動が盛んになり始めた。教師の怠慢や、教師の生徒に対する人権侵害が指摘され、様々な生徒会決議が可決されるに至った。
槍玉に上げられた教師たちにとっては、今度は自分たちに切っ先が向こうとは思いもよらなかったに違いない。僕が思うに、いじめにかんしては程度問題であり、ケースバイケースなのだ。それを見抜く力なのい、素質のない、勉強しない教師が自ら招いた、いわば自業自得なのだ。
それはさておき、校内の生徒と教師の対立が一応の決着をみて収束し、僕らの学年の修学旅行に出発した。だが、この修学旅行が別の問題を引き起こした。
問題は、ある噂が原因だった。修学旅行の後、ある噂が流れた。噂はシスター・インモ、すなわち女神様に関することで、性質上、声を大にして話されることはなかった。が、水面下では海の水とも川の水ともわからなくなるくらいに流布していた。
ある筋からの噂によれば、彼女には下の毛が生えておらず、パイパンなのだとされた。 別の筋の情報では、彼女のアンダーヘアーは直毛だと、また別の噂では彼女はアンダーヘアーの鬘をつけているとした。この説の発展したものは、彼女は彼のヘアーで鬘を作っているらしいとされた。
さらにもう一つの—これは最も確実な筋からの情報とされていた—噂によれば、彼女はストレートのヘアーにパーマをかけていて、それが風呂に入ったときに形状記憶合金のようにもとに戻ったとされ、このことを彼氏にも話さず知られていないので、発見者に泣いて口止めをしたという。
結局、この噂の真偽については何もわからなかった。それにどうしてこんな情報が流れているのかも、僕にはわからなかった。
僕と彼女は、—修学旅行で同じ班であった—それっきりになった。はっきりしていたのは、ただそれだけだ。
僕が日記を書いたのは、小学生のころだけだった。メモ帳も持ち歩くけれども、あまり書かないほうだ。ただ、そのころの僕の手帳に幾つかシスターに関して、内容については別として記述があったことを明らかにしておく。
僕のあだ名は「インモ」。本当の名前は誰も知らない。
inmo ?&! @NANDA-OO
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