エピローグ

 墓地。そこは数多の人間の墓の集合地域。そこの墓地の周りから隠すようにひっそりと林に囲まれていた。

 そして乃人は一つの墓石の前で手を合わせていた。

 そこには「美鈴雅」と彫られており、それは「美鈴家」と彫られた墓の隣に設置されていた。

「ごめんな、おじさん、おばさん、それにご先祖様たち。俺の勝手な願望で雅だけ違う墓に入れちまって。どうしても俺は、雅は『美鈴家の雅』ではなく……俺の好きな愛する『ただの雅』として供養したい、それにこの二人っきりの時間を味わいたいんだよ」

 手を離した乃人は隣の墓石に話かける。返事は戻って来ないと知りながらも話し続けた。

「なに? 大切な雅を一人占めにするなって? それは譲れねぇ相談だよ、雅は俺のものだ。若者を応援するのが年長者の仕事の一つだろ? なぁに、俺はジオルの世界を壊したらみんなと同じところに行くつもりだ。その時にいくらでもお説教は受けてやっからさ」

 軽く笑った乃人は視線を目の前の墓に戻す。

 目を閉じ、その墓石をしばらく無言で撫で続ける乃人はその手を止め「それじゃあな」と笑顔でゆっくり、ゆっくりと、名残惜しそうに手を放した。

 乃人のスマホが場違いに鳴ったのはその時だった。

「……羽島か……」

 乃人は電話に出る。

「もしもし」

『もしもし‼‼ 乃人‼‼ クロエだけど‼‼』

「ッ⁉ うるせぇよ、傷に響くだろが。羽島に変われ」

 少し向こう側でジタバタと騒がしい音が聞こえると『私にしゃべらせてよ‼‼』との声が聞こえた気がしたが、乃人はそれを無視し、翼が出るのを待った。

『もしもし、乃人さん。変わりました、翼です。すいません、お嬢様はどうやら徹夜明けでテンションがおかしくなっているらしいです』

 翼もそんなクロエに引きずりまわされ疲れているのか、その声はいつもより少し小さいように聞こえた。

「そ、そうか……で、どうだったんだよ、あの世界のその後は? 電話してきたって事はそう言う事なんだろ?」

 乃人のその質問を受けると、翼は声をいつもの調子に戻し、淡々と話始めた。

『私が送り込んだテントウムシ型のスパイカメラでは、黒髪さんは乃人さんの死(・)体(・)をお偉いさんたちに提出し、多額の報酬を受け取りました。しかしこれは母君に金銭感覚が狂うから、との事で管理され、現在は雅さんと今までの平凡な生活を過ごしています。しばらくの間監視していたのですが、特にお偉いさんたちには複製品の事はばれていないようだったので予めスパイカメラに装着していた爆弾を起動させ、スパイカメラを姿形残さず爆破させました。これで私たちがあの世界に関わった証拠は全てなくなりました。後は黒髪さんがヘマをしなければ問題ないでしょう』

「それは良かった、これでトリックは成功だな」

 自分を始末しなくては黒髪や雅が殺さてしまう。では一番自分を殺したと言うのに説得力のある証拠は何か? それは自分自身の死体だ。でも自分はまだ死ぬ訳にはいかない。ではどうすればいい?

 そこで乃人が思い浮かんだのが複製品だった。

 通常、どんな実験だって実験材料は多く確保しているはず。それは複製品を使った実験でも例外ではない。そしてそれは複製品とは言え、自分と同じ見た目に同じ遺伝子。自分しか飛べないあの機械で飛べないはずがない。

「ふぅ……一件落着ってやつか……」

 乃人が自分の胸を撫で下ろす。

 初めの目的である協力体制の実現は出来なかったけど、雅が元気に生きている事を確認出来たんだ。まあ、良しとしよう。さてと、次の平行世界も雅はいるのか? 今回のは運良く結構この世界に似ていたからいたんだろうけど……。

「うっ……」

 どことなく吹いたそよ風に乃人は腕で顔を隠す。なぜか顔が横を向いてしまった。それはまるで見えない何かの力が乃人の顔をその方向へと引っ張っているようにも思えた。

「ッ⁉」

 そして乃人はそれを見逃さなかった。

 墓地の周りの林から自分を見ていた人影。その影は雅と同じくらいの身長と大きな胸、髪の長さを持っていた。そして、その髪の色は……白だった。

 その影はこちらがそちらの方を向くと同時に一瞬にして姿を消した。

 乃人の息が止まる。音が聞こえなくなる。身体が硬直する。なにも考えられなくなる。ただ、心臓の鼓動だけが速くなるのを感じた。

『もしもし乃人さん、聞こえていますか? もしも~し』

「っ⁉」

 少しして翼の声により我に返った乃人は何度か瞬きをした。そしてスマホを再び耳に近づける。

「なあ、翼、クロエも聞いてくれ」

 その顔は何かが吹っ切れたように清々しく笑っていた。声も明るくなった印象を受ける。

『『?』』

 いきなり変わった乃人の声に二人が黙って耳を傾ける。

「さあ、次の世界へ行こうぜ……ふふ」

 あの影の正体は幽霊か、人違いか、見間違いか勘違いか。それは乃人には分からない。しかし彼にはもう一つの可能性が脳裏に過っていた。

 その可能性と、翼とクロエの二人の返事、黒髪が襲いかからずとも彼があの世界を支配したのかどうかは言うまでもない。

 波佐間乃人の旅は始まったばかりだ。

                         

                                  〈完〉


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平行世界(パラレルワールド)の∞(アンリミテッド) @yuto0528

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