カクヨム作家
小説のネタに飢えていた。
友人知人はもちろん家族にも打ち明けてはいなかったが、俺はカクヨムで小説を書いている。数ある小説投稿サイトからカクヨムを選択したのは、古くからあるサイトに今更参入しても読者の目を集めにくいだろうと予想したからだ。特別なこだわりはない。
俺のカクヨムライフは、人狼を絡めた短編ミステリ『
それで色気が出してしまった。
ライトノベル寄りの安楽椅子探偵ものだったので、キャラミスとしてシリーズ化できるのではないかと欲を出し、急遽、続編となる短編を執筆しそのまま新章として追加した。するとありがたいことにレビューまで書いてもらえ、読者が読者を呼ぶ良い流れになった。
レビューがキャラに傾いたものだったのもあり、二つの目の章を無事終えると、おのずと共通のキャラクターで回す連作短編という形式に辿りついた。
しかし、長編としての縦糸があったわけではない。そのとき浮かんだ、あるいはストックしてあったネタをたいして練りこみもせず短編として随時発表していった。トリックやそこへと至るロジックをかっちりと詰めたパズラーなど望むべくもない。キャラミスであるという事実に甘えながら驚かすことに焦点をあて、ときには若干アンフェアな描写をすることもあった。ミステリとしてはあまり褒められたものではなかった。
エピソード執筆のかたわら、空き時間にアイデアを絞り出しては物語の形に編んでいくというサイクルを維持してきた。
カクヨムはトップページに注目の作品やレビューが並ぶ性質上、一度誰かに評価されるとそれが呼び水となって連続して★がつきやすい。上手くするとそのままランキングに食いこめる。ミステリというジャンルはロジックや伏線、人物の配置と緻密な構成を求められるため書きにくいからか、あるいは単純にジャンルとして人気がなく書き手が少ないからなのか、他よりも比較的ランキングに載りやすい。
俺の作品も幸運にもそれで読者を引きこむことができた。
ところが、調子よく閲覧数を伸ばしていたのも最初だけで、ブースト効果も長くは持続しなかった。★の増加率が鈍りはじめついには停滞した。新たに公開されたエピソードをフォロワーが追うことで、なんとか閲覧数を稼いでいるという状態になる。
そんな時期に、文化祭、中間テストと私生活で予定が立てこみコンスタントにつづいていた更新が滞ってしまった。これまでで一番長い章、
状況を打破するには新しい話を投下しなければ、そう意気ごんではみたものの、いかんせんネタがなかった。アイデアがいくつかあるにはあるが、それらはネタの種といったものだった。プロットに落としこむにはまだ何かが不足している。ワンアイデアの短編として纏めるには小粒すぎて、他のものと上手く組み合さなければ話を転がせない。無理やり混ぜて物語を構築しようにも、肝心の、つなぎとなってくれるアイデアが浮かばなかった。
ふとした拍子に、バラバラだったアイデアをひとつに統べるひらめきがやって来ることがある。それこそ、ワトソン役の何気ない一言から名探偵が天啓のごとく着想を得る瞬間のように、一気にネタが膨れあがりプロットができあがる。新しい章を書き出すためにはそれが必要だった。
プロの推理小説家があとがきやインタビューなどで実体験をもとにストーリーを組み立てたと語っているのを目にしたことがある。ネット上にまとめられた、講演の実況ツイートでそういった内容が話題にあがっていることもあった。
ミステリを書こうとしてアンテナを張っていれば、日常の些事であってもひっかかるというのは理解できる。日常の謎としても書けるし、単純なネタだからこそ凄惨な殺人事件として描けば、事件の規模が目眩ましとして機能し大胆なトリックとなりうるとも理解できる。
しかし、俺は高校生だ。学校に行って勉強と部活をして帰宅という変化に乏しい暮らしをしていて、刺激となる出来事などめったに遭遇しない。
高校生にとって最も大きなイベントが二学期の中間テスト開けにあった。修学旅行だ。旅の話となれば、何かあるのではと胸を高鳴らせずにはいられない。旅先で凶事に巻きこまれるのはミステリやホラーの定番だし、そうでなくとも日常から離れた場所では少しくらい普段と異なるおかしな出来事があっても不思議ではない。
もちろん、怪奇現象や殺人事件を望んでいるのではないし、それらの凶事が現実の自分たちに降りかかるとも思っていない。それでも、期待してしまうのだ。気分の高揚から無茶をして失敗をしたとか、わずかな言葉のズレで行き違いが生じたとか、話好きの旅行者に土着の伝承を聞いたとか、異性と良い雰囲気になっただとか、そうした事例であれば十分に発生しうるのでは、と。
修学旅行に小説のネタを求めていた。
そんな俺の思惑とは裏腹に、特別なことなど何一つ起こらず平穏無事に二泊三日の旅は終わりを告げた。
修学旅行の振り替え休日、カクヨムを巡回して気になった小説を読んだりしているところに、隣家から望月桃花がやって来た。一緒の高校に通う同学年の幼馴染だ。
彼女の来訪に俺は最後の希望を託した。
俺は小説に利用できそうなネタを修学旅行で拾えなかったが、だからと言って他の生徒もそうであったとは限らない。桃花とはクラスも違えば、班も違う。おおまかな旅程や移動時間、宿泊地こそ一緒ではあったが現地での大半は自由行動で、班ごとに思い思いのスポットに足を運んでいた。
それぞれ全く異なる体験をしているのだから、彼女の話に耳を傾ければ何か得られるものがあるかもしれない。
お土産のクッキーを摘まみながら、俺たちは思い出話に花を咲かせた。主にしゃべっているのは、桃花だった。俺は相槌をうったり感想を口にしたりしながら、小説に活かせそうなものはないかと考えていた。
仲のいい友人たちと異郷に足を運びその空気を満喫する、そんな学校生活から離れた土地での経験がただそれだけで楽しかったというように桃花は笑みを絶やさずに様々なことを語った。友人とのエピソードを披露し、食事や風景を思い返しては、また行きたいなと感慨深げにつぶやく。
気心知れた間柄の安心感からか、しゃべりたい内容をしゃべりたいように話す彼女の言葉は尽きることはなかった。無軌道に転がっていく話に付き合わされるのはもう慣れっこだった。なにより、脱線に脱線を重ね、というよりも連想ゲームさながらに話題が飛んでいくその奔放さが俺は嫌いではなかった。
モデル体型で均整のとれた顔立ちではあったが、楚々とした雰囲気からは遠い。感情が如実に表情に反映されるのは、無邪気な子供のようですらあり、ただただ彼女は会話を楽しんでいた。
しかし、それだけだった。
ミステリのネタになりそうなものはなかった。
存分に話せた満足感からか、夕食の時刻になると桃花は軽い足取りで帰って行った。
実りのなかった事実に落胆するよりも、諦念に包まれていた。
ネタが湯水のように湧き出ることなどありえずいつかは枯渇する。むしろこの半年ほどよく走りつづけられたと見るべきだ。自転車操業のようないつ止まってもおかしくない状態だった。
一度立ち止まってみるのも一つの手ではないか。しばらく執筆はお預けして読むほうに集中すればいい。フォローしたまま積読状態の作品も溜まっている。再開はネタが溜まって余裕ができたときでいいではないか。
ネタ探しに踏ん切りをつけ俺は近況ノートにて休筆を宣言した。
だというのに。
振り替え休日が終わって登校してみたら、郁子香が暗号といういかにもな謎を運んできた。
小説にできそうな面白い話はないか、何かあったら教えて欲しいと彼女には伝えてあった。自分で探せないのならば友人に頼ればいいと講じた手段が、最悪なタイミングで効果をあげた。
よりにもよって、なぜいまなのだろうか。
キャンパスノートの赤い文字が、まるで俺の決意をあざ笑っているかのようではないか。
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