一本目
まずは両者ガッチリ組み付く。過去の経験から言えばこの段階で相手の力量はおよそ察しが付く。前沢さんはかなり試合慣れしてると見える。手の位置も正しいし、力の入れ方もコツを得てる。そしてなかなかの馬力だ。おそらくジムにでも通っているのだろう。いつもは実力では僕に到底及ばない客を相手に手加減しながら接待する試合が多いのだが、今夜は久しぶりに試合を楽しめそうだ。
「おらよっ!」
組み付いた手を振り払ってヘッドロックを決める。腰を落としながら、前沢さんの頬骨を的確に締め上げる。
「うう…」
前沢さんが呻き声をあげる。僕はさらに締め上げた。
「へへ、苦しそうっすね」
だが前沢さんも僕の腹にエルボーを的確に入れて来た。
(ドッス!ドッス!!)
一見ただ闇雲に打ち込んでいるだけのエルボーに見えたが、人体の急所の一つであるレバーを正確に、しかも肘の一番尖った固い所を使って狙って来る。この人まさか…? いや、ラッキーパンチならぬラッキーエルボーだろう。
「う、ウザいっすよ」
僕はエルボーをこれ以上打たせないよう前沢さんに足を掛けて倒し、グラウンドに持ち込んだ。片付いてはいるがそれほど広くない部屋だ。どうしても試合はグラウンドの展開になる。そしてそれは僕の得意とする展開だ。
ヘッドロックから袈裟固めに移行する、アマレスと言うより柔道の技だが僕は高校までは柔道部だったので、動きも身体に染み着いているようだ。
「僕の寝技からは逃げられませんよ」
袈裟固めを解いて前沢さんの身体に腹這いでのしかかり動きを封じ込めてから、腕ひしぎ、肩固め、フロントネックロックと次から次へと関節を極めまくる。前沢さんも抵抗はするが、アマレスで慣らした僕にとっては無意味にも等しい。
「ああっ!クッソ…!」
紳士的な前沢さんが、三角締めを掛けられながら思わず汚い言葉を漏らす。全身は汗で光り、抵抗する力も徐々に弱くなって来た。スタミナ切れかな? もう少しいたぶっても良いが時間も限られている。この辺で一本目を頂くとするか。
「だいぶキツそうっすね。そろそろ決めますよ」
三角締めを解いて立ち上がり前沢さんを見下ろす。前沢さんも立ち上がろうとするが、なかなか立ち上がれない。無理もない。僕の寝技フルコースを食らったんだ、上半身の関節は全ての部位がボロボロだろう。ここでプロレスのセオリーなら痛めつけた部位を更に狙うわけだが、ここは大事なお客さんだ。怪我をさせる事だけは決してしてはならない。僕は狙いを上半身から下半身に移した。
「これでフィニッシュだぜ!」
僕は前沢さんの左足を掴むとクルリと素早く回転して、足四の字固めを極めた。
「ぐああああああ!!!」
前沢さんが絶叫しながら、既に汗で光っている上半身を七転八倒させながら必死に逃れようとする。
「ギブっすか!?」
僕はマットレスで受け身を取って、足四の字に衝撃を加える。
「ノ、ノー!」
前沢さんは頭を抱えながら必死にギブアップを拒否している。僕は両腕を立てて腰を浮かせた。これで足四の字が更にキツく締まる。
「どうっすか!?ギブっすか!?」
「ノ…ああああああああ!!!」
前沢さんはたまらずマットを激しくタップした。
「ギブギブ!!ギブアーーーップ!!!」
僕は足四の字を解放して立ち上がると、バスタオルで汗を拭いて部屋の片隅にあるソファに腰を下ろした。前沢さんは左膝を押さえたまま呼吸も荒くまだ立てないでいる。最初はもう少し歯ごたえのあるお客さんかと思ったが、思い違いだったようだ。今日は早く上がれそうかもしれない。僕は持参していたスポーツドリンクをリュックから取り出して一口飲んだ。
夜回りレスラー @511V21
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。夜回りレスラーの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます