試合開始

今日一日着ていたスーツを手脱いでネクタイを緩めて外す。裸になって早くシャワーを浴びて汗を流すと僕は早速水色の競泳パンツに履き替えた。部屋に戻ると前沢さんは既に着替えを終えていた。マットレスの上で入念にストレッチをしている。黒の競泳パンツが浅く日焼けした引き締まった身体に似合っている。身長170cmくらいの中肉中背、年齢は30歳前後だろうか。僕の在籍している店では余計な個人情報を取らないので正しいデータ分からないが、無駄な肉の付いてないスジ筋のガタイが明らかに普段から鍛えている事を物語っていた。


「ガタイ、引き締まってますね」


「ええ、まあ」


前沢さんは胸筋や腹筋に力を入れて自らも仕上がりをチェックしている。


「ボーイさんも惚れ惚れするガタイですね。私と近い体型を指定しましたが、まさに理想通りですよ。」


僕は28歳の商社に勤めるサラリーマン。大学時代はレスリングでそこそこの成績を修めたが、引退して以来すっかり身体がなまってしまい、ストレスを発散する場もなかった。そこでジムに通うことも考えたが、どうせなら小遣いにもなると言うわけで、この副業を始めたわけだ。


「最高のサービスを提供するために、日頃からトレーニングは欠かさないようにしています。」


僕の所属する「ファイティングボーイズ」は新宿に構える出張ホストの店だ。と言っても単なるゲイ相手の店ではない。その最大の特徴は格闘技に精通するボーイを専門に取り揃えている点だ。柔道、空手、ボクシング…あらゆる格闘技に対応できるよう、多種多様なボーイが所属している。世の中には格闘技の試合がしたくても、なかなか相手が見つからないと言ったニーズが結構多い。そこで、この店を利用する客は謂わば対戦相手としてボーイを指名するわけだ。


「ご指定の試合スタイルは…… プロレスですね?」


「はい、お願いします」


アマレス出身の僕を指名する客は、ほぼ間違いなくプロレス目的だ。

前沢さんは黙ってストレッチの続きを始める。僕も軽く肩を回しながら準備が整うのを待つ。静かな緊張感が部屋の空気を覆う。前沢さんの意識は既に試合モードに入っているらしい。

そして、ついにストレッチが終わったようだ。前沢さんはすくっと立ち上がると静かに構える。僕も立ち上がり前沢さんの前で仁王立ちになる。


「カーン!」


この部屋に無いはずのゴングが、両者の胸の内に鳴り響いた。

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