夜回りレスラー
@511V21
今夜の客
指定の時間10分前にマンションのエントランスに到着すると、僕はビジネスリュックのポケットからスマホを取り出した。着信も通知もない。予定通りに対応して良さそうだ。この仕事を始めて早くも1年が経とうとしているが、土壇場になってキャンセルを入れる客も少なくない。急にタバコが吸いたくなった。禁煙してから久しいが、こういうぽっかり空いた短い時間を潰したいと思うときだけいつも恋しくなる。
3分前。そろそろ時間だ。オートロックのインターホンに客の部屋番号を入力、応答したかと思うと無言のまま切れ自動ドアが静かに開いた。エレベーターに乗り込み玄関に向かう。名前は確か前沢さんと言うらしい。改めて玄関のチャイムを鳴らすと客はすぐにドアを開けた。
「こんばんは。ご利用ありがとうございます。『ファイティングボーイズ』から来ました、スバルです。」
「スバル君ね。さ、上がって。」
前沢さんは僕の容姿を頭からつま先まで一瞥すると、挨拶もほどほどに僕に入るよう指示する。入室した瞬間からサービス開始だ。少しでも無駄な時間を省きたいのだろう。
奥へ進むと厚いマットレスを敷き詰めた、家具が一つも無い殺風景な部屋が現れた。これが今夜の“リング”か。ひどい時には畳に薄い布団一枚敷いただけの時もある、今日の客はかなりマシな方だ。
「そこがバスルームだから」
前沢さんの指さす方に磨り硝子のはめ込んだ扉が見える。
「本日のコスチュームはどれになさいますか?」
僕はリュックを下ろすと中の衣類を取り出した。競泳パンツ、ボクサーブリーフ、アマレス用のシングレット等々…。前沢さんは真剣な眼差しで一通り手に取ると、最終的に水色の競泳パンツを指定した。いろいろな客を相手にして来たが、結局無難なのだろう、競泳パンツが一番人気だ。
「では、チョットお借りします」
僕は競泳パンツを手にバスルームへ向かった。
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