待つとし聞かば[5]
「パエリア、自分で作ったの?」
自分から電話しておいて何も言わないわたしに、キリさんが優しい声で言った。
「パエリアだってわかりました?」
「それ以外の何だって言うの?」
キリさんはおかしそうにくつくつ笑う。
電話越しだと、少しざらりとした味わいのある声に聞こえた。
とてもどきどきしていた。
あの美しい顔を見ず、声だけを聞いていると、キリさんはまぎれもなく男性らしい男性だった。
それも、とても魅力的な。
「なんか……この前一緒に食べたのを再現したくなって」
「そうなんだ」
「はい」
「すごいね、だからってほんとに作れるなんて。これから食べるの?」
「はい」
キリさんは、少し黙った。
──俺も食べたいな。これから行っていい?
そんな言葉が降ってくることを想像してしまい、わたしの頰は勝手に熱くなった。
キリさんがそんなこと、言うはずもないのに。
わたしたちはまだ、そこまで親密な仲じゃないのに。
「じゃあ、熱いうちに食べなきゃ」
はたして、キリさんはそう言った。
急に羞恥心がわたしを襲う。
「そう……ですね、じゃあまた」
通話を終えようとすると、
「ごめん、待って。次いつ会える?」
キリさんが慌てたように言った。
その言葉を期待していたことを、わたしは自覚した。
パエリアは、フライパンごと食べた。
皿に取り分けることもせず、フォークを直接突き立てて。
とても行儀が悪いけれど、どうしてもそういう気分だったのだ。
キリさんと一緒に食べた本格スペイン料理には及ばないものの、魚介の旨味が無駄なく行き渡り、米はほどよく歯ごたえを残して炊き上がっていて、我ながら美味だった。
勢いで、調理に使った安い白ワインも飲んだ。胃の底がじんわりと熱くなる。
パエリアを4分の3ほど一気に食べてしまうと、わたしは深い息をひとつ吐いた。
フライパンをキッチンへ運び、残りを冷蔵庫にしまうこともせずに部屋へ戻り、ソファーに身を横たえた。
キリさんとは、来週末に会うことになった。
ならば、それまでにわたしも自分の気持ちを整理しておく必要がある。
あの素敵なひとと、わたしはこの先、どうなりたいのか。
もう、あんなふうに気まずい空気になるのは避けなければならない。
ともあれ空腹が満たされ、キリさんとの次のデートも確定すると、次に頭に浮かんでくるのは教授のことだった。
昼間乱暴に扱われた身体を、わたしはそっと抱きしめた。
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