待つとし聞かば[4]
めちゃめちゃな気持ちになっていた。
デートレイプだと教授を訴えることもできた。
けれど、あんなふうにされることを想定せずに教授室を訪れたなどということは、もちろん言えない。
わかっている。むしろわたしは、この身を貪ってくださいと差しだすために会いに行ったのだ。
キリさんとのどっちつかずの関係を、わたし自身が持て余していた。
たえちゃんと沖くんのことだって、命のやりとりをしているというそのこと自体が、わたしの心への刺激になった。
わたしも誰かに、激しく求めてほしかった。
たとえそれが、足をすくわれる事態を招くことになったとしても。
ほてった心と身体のまま帰路についた。
急にパエリアが食べたくなって、電車に揺られながらスマホでレシピを検索する。
自宅でも、フライパンで簡単に作れるらしい。
最寄駅近隣のスーパーで材料を調達した。
シーフードミックス。
あさり。
パプリカ。
マッシュルーム。
にんにく。
ターメリック。
トマトピューレ。
白ワイン。
米と塩胡椒とコンソメ以外の食材や調味料は家に買い置きがないので、どんどんかごに放り込んでゆく。
かごはたちまちいっぱいになる。
ぴちぴちに中身の詰まったレジ袋を両手に下げて帰宅し、空腹を抱えたまま調理を始める。
あさりを砂抜きするため塩水に浸けながら、キリさんのことを思った。
品川での少し気まずい別れのあと、キリさんから連絡はなかった。
わたしから誘われるを待っているのか、また声をかけてくれるつもりがあるのか、それとも──わたしとのことなど、ただの気まぐれだったのか。
にんにくを香りが立つまで炒め、玉ねぎも丁寧に炒める。一度具材を皿に移して、米も透きとおるまで炒める。
ひたすら手を動かしていると、教授に身体を乱暴に扱われた記憶が薄らいでゆく気がした。
具材とスープを合わせ、蓋をして煮込んでいると、部屋中が魚介のだしやスパイスの香りでいっぱいになった。
赤と黄色のパプリカを花火のように放射状に並べ、最後にたっぷり蒸らしてから蓋を取ると、それらしい料理が現れた。
スペイン料理店で食べたものからは遠いにしても、初めてにしては上出来だ。
ほわほわと湯気の立つパエリアを、フライパンのまま写真に撮った。
これをキリさんに見てほしいと思ったのだ。
何枚か撮った中からいちばん美味しそうに撮れた1枚を、LINEのトーク画面に貼りつけて送信する。
わりとすぐに既読がついた。
それを確認して、キリさんに電話をした。
自分でも驚くほどに、身体が勝手になめらかに動いていた。
「……はい」
電話するのは初めてだった。声を聞いて初めて、思いだしたようにどきどきしてきた。
「あ、あの、本宮です」
「衣織ちゃん」
回線をくぐり抜けて鼓膜に届くキリさんの声は記憶より少し低くて、ぞくっとするほど色っぽかった。
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