待つとし聞かば[3]

「ちょっ、ちょっと」

 押し流されそうになるところを理性のくいで踏んばって、わたしはなんとか教授の身体を引き剥がした。

「何なんですか、いきなり呼びだして」

「何なんだってことないだろう」

 教授は息を切らし、顔を歪めてわたしを正面から見据える。

「電話しても無視するからだろう。かけ直してくるでもないし」

「もう潮時だからだって思わなかったんですか」

 壁に肩を抑えつけられながら、わたしも負けずに教授の目を見て叫ぶように言う。

「勝手に決めるな」

「授賞式でだって他人のふりして、奥さんと寄り添ってるとこ見せつけられて、あたしにどうしろって言うんですか」

 声を荒げながら、わたしは不思議な快感を覚えていた。

 言いたかったことを言える嬉しさ。いや、それだけじゃない。

 こんなふうに激昂げっこうするほどの熱い感情のやりとりに、わたしは飢えていたのかもしれない。


「そっちだって大神おおがみ季里きりと逢ってるだろ」

 教授の怒気を含んだ声に、はっとした。

「パーティー会場でナンパされてただろ」

「……見てたんですか」

 心臓がばくばくした。

 あのとき、あの大人数の中で、教授はやっぱりわたしを見ていたんだ──。

「卒業生の中からいちばん男っぽくないやつ招待しといたのに、まんまと声かけやがって」

「そんな……」

「その頃からだろ、連絡つかないの。もうあいつにやられたのかよ」

 胃の底がかっと熱くなった。

「キリさんとは、そんなんじゃないっ」

 息が切れた。必死に言葉を継いだ。

「キリさんは、あなたみたいな人種とは違うっ」

「なんだと」

 教授はわたしの手首をつかみ、また壁に強く押しつけた。

「ちょっ、痛いっ」

「調子に乗るな」

 ごつごつした手──大好きだった教授の手が、わたしの胸を乱暴に揉む。

「やめてっ」

 ああ、こんなひとのどこが好きだったのだろう、わたしは。

 抵抗しながら、それでもわたしは身体の奥に火が灯るのを感じていた。


 教授は手をスライドしてわたしの尻を撫で回し、それからスカートに手を入れた。じれったそうに下着をずり下ろす。

 無骨な指が、わたしの湿しめりを探りあてる。

「やっ……」

衣織いおり

 激しく愛し合っていた頃と同じ熱っぽさで名前を呼ばれ、力が抜けてゆく。

 教授はわたしの身体を反転させて壁に両手を突かせると、後ろから挿入した。

 空気清浄機のかすかなモーター音を、ふたりの肌がぶつかり合う音がかき消してゆく。

「衣織、衣織」

 荒々しく突き上げられながら、わたしはキリさんの清らかな笑顔を想った。

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