待つとし聞かば

待つとし聞かば[1]

 考えていた。

 兼子さんにキリさんとのことを話せなかった理由を。

 なんといっても自分の気持ちなのだから、熟考すれば答えは出た。

 だけど、わたしはその気持ちと向き合うのが怖かった。

「すごい変わったひとだったんだ。男なのに化粧してるの」

 兼子さんはそう言った。

「ああいうのなんて言うんだろうね。中性? ユニセックス? トランスなんちゃらかな」

 そうとも、言った。

 変わったひと──すなわち変なひとだと他人が感じるような相手と恋に落ちかけている、そのことを知られたくなかったのだ。

 キリさんは、あんなに素敵なひとなのに。

 それなのにわたしは、対面を気にしたのだ。

 そして、その浅ましい気持ちは、きっとキリさんに気づかれた。


 自己嫌悪を抱えながら、のろのろと講義に向かった。

 4年生なので時間割はすかすかだしフル単は確定していたけれど、せっかくなので興味のままに一般教養をいくつかとっていた。

 心理学の授業で、沖くんと兼子さんが前の方の座席で仲良く受講している姿が見えた。

 仲、いいよなあ。

 ぼんやりとノートを取りながらその後ろ姿を見ていると、鞄の中でスマートフォンが震えた。

 そっと手のひらに包みこむようにして机の上に取りだし、画面を見てぎょっとした。

「空き時間に教授室に来るように」

 岩槻教授からのLINEだった。


 一週間ぶりに登校したたえちゃんと学食で待ち合わせて、一緒にお昼を食べた。

「大丈夫なの? もう本当に」

 割り箸をぱきりと割りながら、わたしはたずねた。

 ふっくらしていたたえちゃんの頬が、少しこけている気がする。

「うん」

 たえちゃんは「野菜たっぷり塩タンメン」のスープにれんげを沈めながらうなずく。湯気が彼女の顔をほわりと包む。

「季節の変わり目で風邪ひいたの?」

 もともと自分のことをぺらぺら喋るタイプじゃないたえちゃんだけれど、訊けばなんでも答えてくれた。

 一週間まるまる休んだ理由くらい、友達として当然把握しておきたかったのだ。

「風邪ではないんだ」

「え」

 学食のラーメンは特別おいしくもまずくもなくて、ただ安くて種類が豊富なので、ついつい選んでしまう。

「ピリ辛担々麺」の麺をたぐり、咀嚼しながら、わたしはたえちゃんの顔を見た。

「じゃあ……」

「子どもおろしてた」

 わたしははっとして手を止めた。

 たえちゃんが、妊娠してた?

「え……待って、彼氏いたっけ」

 平然と麺をすするたえちゃんを無遠慮に見つめながら、わたしは呆然と言った。

「彼氏、ではないね。まあ一応、付き合ってるつもりだったけど」

「『一応』って……なんで」

「沖くんだから、相手」

 耳を疑った。

 ざわめく学食の隅で、わたしは友の顔を穴が空くほど見つめていた。

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