不思議なデート[4]

 予感はあった。

 教授は、わたしからの連絡は平気でスルーするくせに、しばらくこちらから連絡しないでいるとしびれを切らして電話してくるのだ。

 あの授賞パーティーから一週間、わたしはゼミ以外では教授と関わらないようにしていた。

 招待状を手配してわたしをパーティーに行かせたくせに、まるで他人のように振る舞い妻と寄り添う姿を見せつけられて、人間としてどうなのかとさすがに敬遠する気持ちが湧いたのだ。

 キリさんの誘いに乗ってこうしてデートしているのも、視点を変えて自分を見つめ直すためだった。

 もちろん、キリさん自身のことが気になったからでもあるけれど――。


「出たら?」

 鞄を気にするわたしを見て、察しの早いキリさんは言った。

 おもむろにスマートフォンを取り出すと、はたして教授の名前が表示されている。

「うーん」

 わたしは苦笑いして、ためらった末に鞄の底にスマホを戻した。

「いいの?」

「いいんです。どうせたいした用じゃないんで」

 それに今は、キリさんとふたりの時間を堪能したいので。心の中でそう付け足す。

 富士見山に向かってごく緩やかな石段に足をかけながら、キリさんはもう一度わたしの顔を見た。


 富士見山は小高い丘で、庭園を一望できた。紅葉の美しさに、あらためて息を飲む。

「あのビル群がなかったら富士山が見えたんだろうねえ」

 キリさんが笑った。

 低いベンチに並んで腰かけると、キリさんの息遣いが聞こえる気がして少しどきどきした。

 それでも、そっと窺い見る端正な横顔はやはり女性のものに見えて、わたしはこの複雑な感情の行き場を探す。

「さっきの、教授でしょ?」

 正面を向いたまま、唐突にキリさんが言った。

「……はい」

 わたしは観念してうなずく。

 ああ、話題がまた引き戻される。

「好きなんだ? 教授のこと」

 好き。

 その純粋な気持ちは確かにあったはずなのに、単刀直入に訊かれて胸の中を探してもどこにも見つからない。

 その代わりあるのは、ろうそくの残りかすに火の付いたような情念だった。

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