不思議なデート[3]
教授とわたしとの関係をキリさんが察していることは、わかっていた。
むしろパーティーでのあの話の流れからデートに誘われたのだろうから、いずれ触れるべき話題ではあったはずだった。
それでも、キリさんの口から放たれた「不倫」という言葉の響きにわたしは怯えた。
「……もし、見当違いのこと言ってたらごめん」
キリさんはさらりと謝った。
「いえ、違いません」
わたしは膝に両手をそろえて言った。その手が少し震えた。
「そっか」
キリさんは池に目をやった。栗色の髪が秋風に揺れる。
その横顔に向かって、
「軽蔑しましたか」
と硬い声でたずねた。
次に来る言葉に構えていると、
「俺もなんだよね」
キリさんはわたしに目線を戻して言った。
「俺も不倫してたから、わかったんだ」
予想外の言葉に、わたしは息を飲んだ。
御茶屋を出て庭園の残りをゆっくり歩きながら、キリさんは淡々と語った。
社会人になってすぐ人妻と恋に落ち、いくつもの修羅場をくぐり抜けたものの、今年の夏の初めに振られてしまったという。
「不倫するには便利な存在だよね、俺って。化粧してれば女にしか見えないから、旦那に現場に踏み込まれても女友達だって言い張ったりして」
真紅のもみじの木の下でキリさんは足を止めた。幹にそっと手を触れている。
大事な話の途中だというのに、そのあまりにフォトジェニックな姿を写真に収めたい衝動が湧いた。
「結局は遊ばれたんだ。物珍しさに、ちょっと手元に置いておきたいと思われただけなんだ」
胸が痛んだ。
キリさんがうつむいたので、その表情は見えない。ねっとりと腕を絡めて歩くカップル、続いて老夫婦がひと組、わたしたちの横を通り過ぎてゆく。
「最後、どうして……」
別れたんですか、という言葉を飲みこんだ。
「さんざん遊んで、飽きたみたい。俺とは全然違う、マッチョな愛人ができたっつって、ポイされたよ。刺激がほしい人妻ってやつだったわけさ」
わざと芝居がかったような口調で言って、キリさんはまた歩きだす。
さくさくと落ち葉を踏みしめながら、わたしは思った。
キリさんのこと、もっと知りたい。
「キリさんって、どういうひとなんですか」
ずいぶん雑な質問になってしまったけれど、彼は眉をひそめるでもなく、笑顔でわたしを見た。
「どういう、って」
「あの……最初はやっぱり、女のひとかと思っちゃったから」
失礼だったかな、と思ったけれど、キリさんはからからと笑った。
「そりゃそうだよねえ、びびるよねえ」
「……ええ、実際わたしなんかよりずっとおきれいですし」
「こら」
キリさんはわたしを軽くにらんだ。
「『わたしなんか』とか言わないの。せっかく女の子に生まれたのに」
はあ、とわたしは恐縮する。
「女性のビジュアルがすごくいいなと思うんだ、俺は。だってきれいじゃん、単純に」
家族連れとすれ違う。中学生くらいの女の子が、キリさんを上から下まで無遠慮に眺め渡した。
「だからなるべく、きれいにしていたいって思うんだよね。近づけるところは、近づきたい」
「はあ……」
「でも、性転換したいとかは全然ない。恋愛対象は女性だけだよ」
キリさんはわたしを見つめた。
出会った日と同じような鋭い眼光に、胸の奥の柔らかい部分を突き刺されたような気がした。
そのとき、鞄の中でスマホが振動した。
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