不思議なデート[2]
中島の御茶屋に立ち寄り、休憩することにした。
お店は混んでいたけれど、少し待った甲斐あって
紅葉や池を見ながら、というよりカメラやスマートフォンで撮影するたくさんの外国人客を見ながら、抹茶と上生菓子が運ばれてくるのを待つ。
「この池って海水なんだよね。なんかすごいよね」
キリさんは上品に微笑みながら、もみじをモチーフにした練りきりを切り分けている。
「珍しいみたいですね、かなり」
わたしもうさぎの練りきりに菓子楊枝を刺そうとすると、あっ、とキリさんが声を上げた。びくりとする。
「いいの? 写真撮らなくて」
「え、あ、ああ」
「インスタとかやってないの?
これもキリさんの気遣いだ。なんだかほっこりしてしまう。
そういえば、今日はまだ何も写真を撮っていない。庭園の美しさも紅葉の素晴らしさもたしかに記念に残したいものだけれど、それよりもキリさんというミステリアスなひとと会話しながら歩くことに夢中だった。
そしてわたしは、キリさんが都内で一人暮らしをしていることや、出版社で校正の仕事をしていること、遺跡や史跡をめぐるのが好きなことを知ったのだ。
「わたし、そういう女子っぽいものはやってないんで」
「へえ、意外」
キリさんが本当に意外そうに言うので、自分はキリさんの目にどんな人間に映っているのか急に気になり始めた。
「でもせっかくだから、撮ろうかな」
食べてしまえばそれっきりの和菓子も、キリさんと予定を合わせて実現した今日のデートも、はかない夢のようなものかもしれない。
そう思ってスマホを取り出し、カメラアプリを起動する。撮影しようとすると、わたしの菓子皿と抹茶を近づけて撮りやすくしてくれようとするキリさんの手が画面をよぎった。
「あっごめん、入ったかな」
「いえ、大丈夫です大丈夫です」
あらためてシャッターボタンを押す。そのあとで口に運んだ抹茶はぬるく、苦味はほとんど感じなかった。
「あの……」
「はい」
「どうしてわたしを誘ってくれたんですか」
キリさんの栗色の髪の毛が秋風になびくのを見つめながら、わたしはパーティーで出会った日から抱えていた疑問をやっと口にした。
いつのまにか周りの席にカップルが増え、その雰囲気に後押しされて、核心に迫ることができそうな気がしたのだ。
「うーん」
キリさんは抹茶を口に運びながら、視線を宙にさまよわせた。
あの日のことを思いだしているのかな。そう思うとどきどきした。
「声をかけたのはやっぱり『あ、学生がいる、ゼミの子かな』って思ったからだけど、デートに誘ったのは普通にナンパだよ」
そう言っていたずらっぽく口元を引き上げ、キリさんは笑った。
「ナンパ……」
「こう見えてれっきとした男ですからね、俺は」
「はあ……」
チャイナドレス姿のわたしより美しいひとに誘われたことをナンパだとは、どうしても心のどこかが納得しなかった。
「まあ、それはもちろん衣織ちゃんがかわいかったからだけど」
「はあ」
社交辞令は聞き流した。わたしの容姿は十人並みだ。
「でもあれかな、やっぱりどこか淋しそうだったからかな。わかるんだよね、不倫してる子って雰囲気で」
「えっ」
不倫。
キリさんは突然、ずばりとその単語を口にした。
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