あなたがわたしを見つけた[3]
えー、あらためましてこのたびは、日頃の皆様からの並々ならぬお引き立てをもちましてこのような賞を受賞するに至り……。
今この瞬間に、会場全体に響き渡る声で「わたし、教授と付き合ってます!」と叫んだら、どうなるのだろうか。
慌ててスピーチを中断し、血相を変えてこちらへ駆けてくるだろうか。
そいつは嘘つきだ、でたらめだと、見え透いた抗弁を始めるだろうか。
奥さんは、どんなに青ざめるだろうか――。
気づけばコーヒーカップの柄を割れるほど握りしめていた。
「怖い顔」
隣りに立つ彼が、ふいにささやいた。
「えっ」
慌てて意識を彼に戻す。切れ長の目が、わたしをじっと覗きこんでいた。
「ねえ、今のゼミ生で今日招待されたのって、あなただけなの?」
だけ、の部分を強調して彼は言った。
「……はい、たぶん」
「へえ」
彼はなおもわたしを見つめている。
あ、見透かされている。不意に気づいた。
でも、嫌な気はしなかった。
「まあ、俺も卒業生では唯一呼ばれたんだけどね。あの人って実はそんなに人望ないし、それを本人もわかってるんだろうね」
「そう……ですね」
そのことは、よく知っていた。
だから、今日、来たのだ。
また本日はまことにたくさんのご祝辞を賜りまして、身に余るお言葉の数々を頂戴し……。
教授はまだ喋り続けている。わたしたちはまた壇上に目を向けた。
「『待つとし聞かば』、読んだ?」
教授から視線を逸らさずに、彼がたずねた。今回の受賞作のことだ。
「読みました、もちろん」
和歌を好むヒロインが初老の古典文学研究者と出会い、年の差の恋に落ちる物語だ。
「不倫ものだよね」
「……ええ」
ああ、ばれている。それはもはや確信だった。
「ね、名前なんていうの」
「……
わたしは観念して答えた。作品のヒロインは、
彼はしばらく腕組みをして、教授を見つめていた。
教授のスピーチが終わり、拍手喝采が起きる。
そのまま花束贈呈が行われる。出版社の担当者から、見たこともないほど巨大な花束が渡されている。
「俺はね、キリっていうんだけど」
「えっ」
拍手の音に紛れて聞き取れず、わたしは彼の顔に耳を近づけた。
「キリ、っていうんだ、名前」
「キリさん、ですか」
名乗られていたのだと理解した。
「表記は、どのような」
「季節の『季』に、『里』っていう字。とにかくキリでいいよ」
キリさんは優雅な仕草で顔にかかるひと筋の髪の毛を払い、わたしを正面から見据えた。心臓が大きく鼓動する。
「ねえ、俺とデートしない? イオリちゃん」
金色のフープピアスが、
そのときようやく教授がこちらに視線を向けるのが、キリさんの肩越しに見えた。
その瞬間を待っていたのに、わたしは気づかないふりをした。
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