冴えない男子と素敵な巫女さん
荒音 ジャック
第1話・幽霊が見えるんです!
幽霊は存在する! しかし、誰もがそれを信じない。
テレビで流れる心霊現象は錯覚や合成だと言い張り、本物だと口で言っても満足な根拠が証明できずに終わる。
だが、その目でそれを見た時または見てしまった時、気が狂ったように信じてしまう。
こだまする様に響き渡る蝉の鳴き声が響く入道雲が流れる晴天の下……
D県D 市アーカム中学校にて、1年B組の教室に窓側の席にいるひとりの黒髪ショートヘアの男子生徒が暇そうな顔で外を眺めていた。
見えるのは田んぼと数件の民家……内陸に位置するD市の山側ということもあって見える景色はそんなものだ。
・暁斗は語る
僕の名前は唐沢 暁斗(あきと)今年の4月にここアーカム中学校に入学した1年生だ。
得意なことはちょっとした家事と走ること! 苦手なことは……学校でコイツに絡まれることだ。
突然暁斗の両肩が後ろから掴まれた指は細く女子生徒の誰かのようだ。
「あっくん! お仕事だよ~」
そう言ってきたのは目鼻立ちの整った清楚で可憐な面持ちの黒髪ロングヘアの女子生徒だった。
・暁斗は語る
今後ろから両肩を掴んできたのがさっき言っていた僕の苦手な事……
この子の名前は志道院(しじいん) 比美子(ひみこ) 小学2年生の頃からの付き合いで、僕の事を「あっくん」と呼ぶ程の親しい仲なんだけど……
その美貌から学校では男子の注目の的であるがために平凡でどこにでもいそうな冴えない顔立ちの僕とは縁が無さそうな関係であるように見られているせいで、周りの視線が怖い!
……まあそんなことはさておき、比美子が言っていた「お仕事」についてだけど、実をいうと僕は……いや、僕達は普通の人は持っていない「特異点」を持っていることと関係している。
放課後、暁斗と比美子は横に並んで校門を出た。委員会や部活動に入っていないということもあって2人で一緒に帰る時が多い。
学校から少し離れて住宅街が見えたところで暁斗は口を開いた。
「それで? 初めての仕事って何?」
暁斗の質問に対して比美子は嬉しそうに反応し、答える。
「モールの近くにある古い地下道に出たんだって……」
その一言を聞いて暁斗は眉一つ動かさなかった。
・暁斗は語る。
ここD市にある他の街と繋がる駅の近くにあるショッピングモールの周辺には複数の地下道がある。地上はバスや車の往来が激しいため、駅の利用者や買い物客から付近の会社に勤めている人たちが、利用している道だ。
本題はさっき比美子が言った「出た」という言葉……何が出たのかというと……
比美子の答えに眉一つ動かさなかった暁斗に比美子は続けた。
「多分通り魔とかに襲われた人の霊なんだろうね。詳しくは見てみないとわからないけど……」
それを聞いて暁斗はこう思った。
・暁斗は語る
正直に言って「遂に来たかこの時が」感じだったよ。
率直に言うと、僕と比美子は「霊媒体質」なんだ。これがさっき言っていた僕たちの持つ「特異点」なんだけど、僕は自分自身の「特異点」にある疑問を抱えているんだけど、それはまた別の機会に……
中学生になって比美子は家の事情で悪霊退治をしなくてはならなくなり、僕も志道院家の人たちに頼まれてまだ未熟な比美子の手伝いをすることになったのだ。
暁斗はそれを聞いてスケジュールを確認する。
「いつやるの? 今日は金曜日だから明日から?」
すると、比美子はとんでもないことを言いだした。
「今夜だよ」
その一言に暁斗は「え?」と間の抜けた声を出すと、再び「今夜だよ」と比美子は答える。
「ちなみに何時に始めて何時に終わるの?」
暁斗はそう尋ねると、比美子は少し考えるように上を向いて答えた。
「……8時から始めて終わるのが遅くて明日の朝」
その答えに暁斗は反射的に「バカ野郎なんじゃないの!」と口をついて出た。
「補導されたらどうすんの? 言い訳が思いつかないんだけど」
そう、彼らは中学生……深夜徘徊などしていたら間違いなくパトロール中の警察官に捕まるのは目に見えている。
「大丈夫! 仕事中は私の家の人たちが周辺を封鎖してくれるから、私のお姉ちゃんも参加するし、早く終わるでしょ」
それ聞いて暁斗は「慧美子(えみこ)先輩が?」と少し驚く。
・暁斗は語る
志道院 慧美子先輩、アーカム中学校の2年生の比美子の姉で僕の先輩に当たる人、姉妹揃って美人ということもあってファンの人も多い。
霊能力に関しては比美子よりも上で、1つ年上ということもあってそっち方面で活躍している。
そして、約束の時間である夜の8時、ネオンの明かりが煌めくショッピングモール付近の商店街にて……
ライトグリーンの半袖Tシャツとジーンズに白スニーカーのラフな格好の暁斗はガムを噛みながら歩道に設置されているベンチに座ってガムを噛んでいた。
近くに比美子はおらず、今は来るのを待っている状態だ。
暇を持て余すように暁斗はつまらなそうな顔で、口の中の風船ガムを膨らませながら比美子が来るのを待った。
周りにはまばらでありながら残業帰りや、居酒屋帰りのサラリーマンが駅に向かって歩いているのが見える。
・暁斗は語る
これだけ人通りが多い場所でも、幽霊はいる。不慮の事故や強い未練を持った人が地縛霊になったり、浮遊霊が徘徊していることが多い。
小さい頃に若いお兄さんの浮遊霊が地縛霊のお姉さんをナンパしていたのを見たことがあったほどだ。
そんなことを思い出しながらガムを噛んでいると、後ろから聞き覚えのある声がした。
「あっくんお待たせ! 場所の確保でだいぶ時間かかちゃった」
振り向くと、巫女装束で茶色の革靴を履いた比美子が右手を振りながらこちらへ来ていた。
暁斗はガムを包み紙に吐き捨てて、近く置いてあった屑籠に捨てて、口を開く。
「慧美子先輩は? 一緒じゃないの?」
その質問に、比美子は流暢に答える。
「お姉ちゃんは反対側の方で先に始めてる。私たちはこっちの方だから早く行こ!」
そう言って比美子は右手で暁斗の左手首を掴んで地下道まで引っ張るように走っていった。
片側3車線の道路の下に張り巡らされた地下道は迷路のように入り組んでいる。
地下へ続く階段を下りながら、比美子は手順を教えた。
「とりあえずここから右回りで中を回って、見つけたら結界の中に閉じ込めてお札で除霊する!」
それを聞いた暁斗は自分の役割が気になった。
「僕の役割は?」
霊媒体質とはいえ、家系は普通の暁斗に悪霊退治の技術は無い。
だが、比美子はキチンと理由があって暁斗を相棒に選んだのだ。
「もし、悪霊が逃げようとしたら挟み撃ちにする時のサポート! だからあっくんにもこれを渡しておくね」
そう言って比美子は袖の下から縦5cm・横20cmの朱色の奇妙な模様と文字が描かれたお札を1枚だけ渡した。
「……これって結界のお札?」
階段を降りきって通路に差し掛かったところで暁斗はそれを受け取りながら尋ねる。
「そうだよ。それがある限り悪霊はあっくんに触れることは出来ないから、安心して!」
比美子はそう答え、2人は足並みを揃えて地下道を歩いた。
・暁斗は語る
僕はここの地下道を歩く機会は全くなかった。理由としてはこの辺りに来る用事がまずないことと、ここの地下道の雰囲気を体が受け付けないんだ。
地下道に入って早々、暁斗は体に起こった異変を口に出す。
「なんか酷く寒気がする……」
暁斗はそう言うと、比美子も気づいた。
「やっぱり? 私も良くない気配を感じる……」
心なしか若干顔色が悪い。
・比美子は語る
お姉ちゃんはいつもこんな気配を放つ霊と対峙していたんだ……
あっくんは完全に怖気づいて、私も足が思うように前に進まない。
でも、私がリードしないといけない! こんなことろで怯えてなんかいられない……あっくんをこの世界に引き込んだのは私だから……
2人はしばらく歩いていると、道の端に膝を抱えて座り込んでいる小学生ほどの女の子と鉢合った。
付近は封鎖されている上に、現在時刻は夜の8時は超えている時点で普通の子供ではないことは確かだ。
2人は解っているこの子は幽霊だということを……
暁斗は女の子の幽霊と視線を合わせるために、屈んで声をかける。
「君はどうしてここにいるんだい?」
女の子の幽霊は暁斗に声をかけられて困惑する。
「あたしのことが見えるの?」
まあ、普段は人間に感知されない幽霊からしてみれば、自身を感知できる人間に声をかけられることは珍しいことだろう。
「僕もそこの巫女さんも君の事が見えてる。この辺りは悪い霊が徘徊しているって聞いたから来たんだけど、君は何か覚えはないかい?」
暁斗の問いに、女の子の幽霊は地下道の奥を指差し、答える。
「少し前にあそこで右手の指が長いおじさんに追いかけられた」
普通の地縛霊ですら被害に遭っているようだ。暁斗は詳しい情報を得るために尋ねた。
「どこから現れたか解るかな?」
女の子の幽霊はその時の事を思い出したのだろう。少し顔を青ざめてから答える。
「……友達の猫と遊んでいたら左からこっちに来て、あたしは右に逃げて猫はどっかに行っちゃってもう会ってない」
こんな人の通らない場所でその猫が唯一の話し相手のようなモノだったのだろう。
暁斗は右手で女の子の幽霊の頭を撫でて礼を言った。
「ありがとう……怖かったんだろうね」
すると、女の子の幽霊は自身の頭を撫でる暁斗の右手を両手で優しくつかんでこう言った。
「お兄さんの手……すごく温かい……」
そう言うと、女の子の幽霊は煙のように消えてしまった。
暁斗は少し驚く中、比美子は何が起こったのかを口に出す。
「あっくん……本当は凄い霊媒師の子孫じゃないの? 道具も無しに除霊しちゃったけど……」
比美子の言葉に「え! 今ので除霊できたの!?」と驚く。
・比美子は語る
正直言ってあっくん自身に自覚がないことにびっくりなんだけど……地縛霊の除霊は簡単な事じゃない。お姉ちゃんですら長い説得かお札を使わない限りは出来ないことなのに、あっくんは簡単にやってのけた。
あっくんの家系は知っているけど、本当に霊媒師か陰陽師の血筋が無いとは思えない。それ程の才能を感じる。
そんなことがあったものの、2人は女の子の幽霊の言う通り、地下道を進んだ。
別れ道の左に入り、数m程進んでみるが、何の気配も感じない。
「もう少し先かな? そろそろお姉ちゃんがこっちに来そうな頃だけど……」
比美子はそう言ったその時、何かが割れた音がした。
2人は振り返ると、後ろの照明である蛍光灯が割れて、通路が少し薄暗くなっていた。
・暁斗は語る
この時、比美子は壁側にいて、僕はその隣にいた……
比美子の方から嫌な気配を感じた僕は、比美子の方を見た。
ふと、暁斗が比美子の方を見たその時、人の右手のようなモノが壁から生え、その五指の先が比美子を狙っているように見えた。
気づいた時には暁斗の体は動いており、たった一枚しかなかったお札を取り出し、壁の方へ向かって飛ばした。
お札はまるで矢のように飛び、比美子に向かって伸びた右手が空間の歪みに止まった。
比美子が構えると共に、壁から生えた手は壁の中に引っ込んだ。
「ごめん! 助かった!」
礼を言っている比美子と背中合わせになり、死角を無くす。
2人は気配を探るが、暁斗だけはさっきの右手の主がどこにいるのか手に取るように解っていた。
まるで壁を透かして見るように、姿が見えている。
「どこにいるの! 姿が見えない!?」
比美子が慌てふためいているのに比べて、暁斗は落ち着いていた。
「比美子! 後ろに飛んで!」
暁斗はそう叫び、比美子と同時に後ろに飛ぶと、さっきの右手が地面から伸び、何もない空を掴む。
「なんであっくんだけ解るの!?」
比美子は札を取り出しながら驚くが、暁斗は比美子には全く見えていないことに今になって気づいた。
「比美子には見えないの? さっきからずっと壁や地面の中を動いているんだけど!」
そう言いながら暁斗は比美子から距離を取りながら地面や壁から伸びてきた腕を避ける。
自身を狙ってくる右腕を暁斗は後ろに飛ぶように下がりながら避けていると、背中が通路の壁にドン! とぶつかった。
「あっ……やらかした」
まだ後ろに下がれると思っていた暁斗はそう漏らすと、どこからか飛んできた小さなお札がいくつも張り付けられた荒縄が蛇のように飛び出した右腕に巻き付く。
「取った! 比美子!」
荒縄の先を見ると、比美子より頭ひとつ背の高い黒髪ショートヘアの比美子と似た顔つきで同じ格好をした巫女が両手で荒縄を引っ張っていた。
比美子は咄嗟にお札を3枚取り出して、荒縄で動けない腕に向かって飛ばすと、お札は腕に張り付き、妖しい色を放って右腕は消える。
「除霊完了……ね」
荒縄を束ねながら乱入してきた巫女はそう言った。
数時間後、志道院家屋敷にて……
ようやくことが終わり、比美子はパジャマ姿で自室の窓から星空を眺めていた。
すると、部屋の引き戸が開かれ、先程の巫女がパジャマ姿で部屋に入って比美子に「眠れないでしょ?」と声をかける。
・比美子は語る
地下道で注連縄であっくんを助け、今寝付けずにいた私に声をかけてきたのがあっくんにも知っている私のお姉ちゃんの志道院 慧美子、お札の扱いがやっとできる私と違い、お姉ちゃんは注連縄の扱いに長けており、大抵の悪霊は一度縛られれば身動きが出来なくなる。
慧美子は疑問に思っていたことを比美子に尋ねた。
「にしても私が注連縄を巻き付けるまで見えなかったのに暁斗君だけはあの悪霊の姿が見えていたなんて……アナタの言う通り本当は凄腕の霊媒師か陰陽師の子孫なのかしら?」
慧美子に尋ねられた比美子も、それだけは疑問だった。
「そこがあっくんの不思議なところなんだよね……ところでお姉ちゃん、どうやって見えない悪霊に注連縄当てたの?」
見えないモノにモノを当てるのは動いているモノに当てるより難しいはず、比美子が気になっていた。
慧美子は腕を組んで答える。
「ああ、あれね? 一応、うすーい煙みたいなものが見えたからそこに向かって飛ばしたら偶然当たったの」
それを聞いて、自身の未熟さを感じた比美子は何かを決意したように窓の外へ顔を向けながら口を開く。
「そうなんだ……私も、いつかお姉ちゃんみたいな志道院家の巫女になってみせるから!」
まるで自身の心の内を表すような星の煌めく夜空を眺める妹の後姿に頼もしさを感じた慧美子は嬉しそうな顔をしながら部屋を出て行った。
翌日の昼、昨日とは違い、水色のTシャツを着た暁斗は昨夜に出会った女の子の幽霊がいた地下道を再び訪れていた。
人の往来も無く。昨日出会ったばかりの女の子の幽霊もいない。
(……気配も姿も無い。本当に除霊できたんだ)
すると、不意に後ろから「ミャア」と猫の鳴き声が聞こえた。
振り向くと、そこには小さな子猫がいた。
模様から三毛猫だと解るが、暁斗の事を恐れることも無く。たどたどしい足取りで歩み寄ってくる。
暁斗は屈んで子猫に話しかけた。
「君があの子の言っていた猫かい? あの子はもうどこかに行っちゃたよ」
子猫は暁斗の前に座り、「ミャア」と寂しそうに泣く。
こんな人の通らない地下道に、この子猫は居座っていたのはあの女の子の幽霊と友達だったとしか暁斗には思えなかった。
「……ウチ来るか?」
暁斗はそう言って子猫を両手で抱き上げると、子猫は「ミャオン」と答えるように鳴き声を上げる。
子猫を保護することにした暁斗は腰を上げなら子猫を抱えてその場を後にした。
・暁斗は語る
出会いと別れは生きている時だけとは限らない。僕にとっては死んで幽霊になった人でも、出会う時があり、解れる時があって、解れの後の出会いがある。
昨夜に出会ったあの子はもういない……
でも、今日出会ったこの子猫も、僕と同じで出会って別れてを受けた。
そして僕と出会った……
ちなみに、保護したこの子の名前だけど……名前は「メトロ」にした。この街に地下鉄は無いけど、地下道にかけたくてこの名前になったのはここだけの話
メトロを右腕に抱え、地下道の階段を上がって街の方へ向かう暁斗の後姿を眺めているタロットカードのようなモノを持って占いの看板がついたテーブルの席に座っている20代前半のスーツ姿の女性がいた。
右手で引いたカードの絵を見て、口を開く。
「これからも様々な試練を受けそうな子ね……大丈夫かしら?」
女性は引いたカード「吊るされた男」と暁斗の後姿を比べるように眺めていた。
その暗示が現実になるかどうかは誰にも解らない……
冴えない男子と素敵な巫女さん 荒音 ジャック @jack13
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