畑を耕すお姫様

灯花

幸せって何でしょう?

 昔々、あるところに一人のお姫様がおりました。


 しかし「お姫様」とはいうものの実質的には何も持っていないも同然で、彼女が持っているのは小さなお城と、彼女が生まれた時から仕えてくれている一人だけでした。


 彼女の父親は、大層戦争が好きな王様で、ある日いつものように隣の国へ戦争を仕掛けて、敵の騎兵団につかまってしまいました。


 母親はもともと浮気性で、夫の訃報が届いたとたん、ほかの男の所へ行ってしまいました。


 あとに残されたお姫様は、両親がいなくなったことを悲しみました。

 しかし、生来芯の強い方でしたから、しばらくすると家財を売ったり、土地を売ったりしてお金を作り、ばぁやと力を合わせて、つつましく暮らしておりました。


 お姫様は畑を耕し、お針子の仕事をし、それはよく働きました。

 ばぁやは何度も「姫様、どうぞそれらは私にお任せください」と頼みましたが、お姫様は「働くことが私の幸せなのです」とおっしゃるばかり。


「姫様、そのように泥だらけになられて! 」


「ええ、今日はニンジンを収穫いたしましたから」


「姫様、お指にけがをされて! 」


「ええ、今日はミトンと鍋敷きを作りましたから」


「姫様、雨に濡れておいでで! 」


「ええ、久しぶりに良い雨が降りました 」


 始終、このような調子でありました。


 ともすると、少しおられるような方でしたが、とても可愛らしいお姫様であられました。しかしいつまでたっても結婚の意思は持たれず、来る日も来る日も畑仕事ばかり。

 そこでばぁやは考えます。


 どうすれば姫様は幸せになれるのだろう。そうだ、どこかの国の王子様とご結婚なさられればいいのだ。そうすれば農民のような生活ではなく姫様らしい、昔のような幸せな生活が送れるに違いない。


 この考えは大変いいものであるように思われましたから、ばあやはすぐに画家を呼びつけてお姫様の似顔絵を描かせると、それをもって方々の国を訪ねて回りました。


 しかし、どこへ行ってもみな取り合ってくれません。当然と言えば当然かもしれません。それなりに名の知れた国ならまだしも、とうの昔に忘れ去られたような国でしたから。


 それでもばぁやはあきらめません。何度も何度も掛け合い、とうとうとある国の王子様と、お食事の席を設けるまでにこぎつけました。


「姫様、明日は王子様とのお食事会ですよ」


 お食事会の前の晩、お姫様の髪をくしでとかしながら、ばぁやは言います。


「まぁ、そうでした。明日は新しく種をまこうと思っていましたのに」


「姫様、明日王子様に気に入っていただければ、きっと幸せになれますよ。何しろ品行方正、容姿端麗と評判の方ですからね」


「そうねぇ、王子様にも種まきを手伝っていただこうかしら」


 微妙に会話がかみ合っていない二人でした。


 さて翌日。いつもは作業着姿のお姫様も、さすがに今日はと久しぶりのおめかしをされました。もとよりきれいな方でしたが、可愛らしいドレスに身を包むと、それはそれはよくお似合いで、さらに美しく見えました。


 お食事の席は相手国のお城のお庭。見事な彫刻や色とりどりの花に囲まれ、とても賑やかなところでした。


「おはようございます」


 ぺこり、と頭を下げられたお姫様。

 王子様は挨拶を返すこともままならぬほど、その美しさに魅了されておりました。


「なんと、なんとお美しい方。一目見ただけで、私の心はあなたに奪われてしまった。どうか、結婚していただけないだろうか。生活には不自由させない。きっとあなたを幸せにしてみせます」


 一目ぼれ、というものでしょう、お姫様は出会ったとたんプロポーズをされました。

 立派な城や庭を持ち、端正な顔立ちで好青年。どんな娘も二つ返事で受けるような申し出。ところが、お姫様の答えは意外なものでした。


「私は今、とても幸せです。ばぁやがいて、畑があって、お仕事にも恵まれていて。王子さまはいかがですか? 」


「わ、私、ですか? 私も幸せです。家柄にも、国民にも恵まれ、その上あなたのような美しい方とこうしてお会いすることができた。これ以上の幸せはないでしょう」


 およそ、プロポーズへの返答とは思えない発言に、王子様は戸惑われましたが、きちんとお答えになりました。


「私は幸せ。あなたも幸せ。ですが、『幸せ』の種類が少し違いますね。王子様、幸せって何でしょう? 」


 お姫様はなおも続けます。


「幸せ、ですか。なんでしょうか。毎日が楽しい、ということでは? 」


 王子様の答えを聞くと、一つうなずいてお姫様は口を開きました。


「私は、生きていること、だと思います」


「生きていること? 」


 王子様は虚をつかれたようにきょとんとしています。


「はい。今こうして生きていられることは、決して当たり前ではありません。私は失ってしまいましたが、両親が生み育ててくれ、仕事を与えていただき、自然の命を頂くことで、私たちは今こうして生きてます。土を耕して、野菜を作りながら生活できる。それだけで私は幸せです」


 お姫様はそう締めくくられました。


「……」


 王子様は何も言われませんでした。そのまま数秒沈黙がその場を支配し、やがてくくく、という笑い声に静寂が破られました。


「あはははは。面白い、実に面白いですね。私は初めて生きている『幸せ』に気づきましたよ。あなたは、私が思っていた以上に賢くて興味深いお方だ。改めて、私と結婚していただけないだろうか? 」


「私も新しい『幸せ』を知りました。このような、畑を耕すことが好きな私でよろしければ、喜んで」


 にっこり笑ってお姫様はようやくプロポーズに応えられました。

 お姫様は賢明な方です。畑を耕す王女を本当に養う覚悟があるのか、見定めんとされたのでしょう。


「ぜひとも。私にも土の耕し方を教えていただきたい」


 優美に王子様は微笑みました。


 * * *


 それから二人は結婚し、世にもまれな「土を耕す王族」が誕生しました。

 朝早くから水をまき、肥料の調整をし、野菜を収穫する。のちに王の座に就いた王子様は農民の目線で政治を進める国王として、非常に慕われました。お姫様も、可愛らしくて一生懸命な王妃として人気になります。


「幸せは、気づいてないだけで、誰もが持っている。『生きている』ということだ。生きていれば、なんだってできる。皆でよい国を作っていこう! 」


 王子様が国王になったときの挨拶です。


 これをきっかけに、国が団結し、王子様の国は立派に成長していきました。


 そして、王子様とお姫様は、いつまでもいつまでも、二人仲良く畑を耕して幸せに暮らしたのでした。





 おしまい




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畑を耕すお姫様 灯花 @Amamiya490

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