最後の5分間

千の風

嫌いな色

 あと五分。


 赤は嫌いな色だった。

 子どもの頃、赤いシャツを着ていたら。まるで女の子みたいだと笑われた。買う時は気に入っていたはずなのに、それからは見るのも嫌になった。

 ぷつりと、小さな音がした。



 あと四分。


 青は好きな色だった。

 家族で旅行に行ったとき、綺麗な海を見た。雲を風が追い、空と合わさって、世界はひとつだけの色になった。



 あと三分。


 緑は嫌いな色だった。

 学校給食には、刻んだピーマンがよく入っていた。苦い味が怖くて、どうしても食べられなかった。

 ぷつりと、小さな音がした。



 あと二分。


 黄色も嫌いな色だった。

 初めてのデートのとき。気づかずに、黄色いピーマンを口に入れた。苦い顔をしたせいで、彼女とは気まずくなって別れた。



 あと一分。


 黒は嫌いな色だった。

 たぶん昔からだ。理由は思いつかない。



 あと三十秒。


 理由がある嫌いと、理由がない嫌い。

 どちらも嫌いという意味では同じだ。だが、どちらかを選ばなければならない。迷っている時間はない。



 あと二十秒。


 黒が嫌いな理由を思い出せ。本当は、嫌いじゃないのかもしれない。



 あと十秒。


 ああ、そうか。黒は色じゃない。ただ俺は、暗い場所が嫌いだったんだ。

 わからない場合は、最初から嫌いな色と決めていた。だから選ぶなら黄色だ。

 ぷつりと、最後の音がした。



 時計は数秒を残して止まっていた。

 大きな息を吐き、俺は工具を投げ出して横になった。全身の力がぬけていく。


「最後のやつ、わかってて切ったんですよね。まさか勘だけってこと、ないですよね」

 後輩が、おそるおそる聞いてきた。極度の緊張で唇が震えていた。こいつも、今夜は眠れないだろう。

 爆発物の処理なんて仕事は、まともな人間がやるもんじゃない。神経がいつまでもつか。俺にもわからない。


 俺は寝転んだまま、左手で目をおさえた。目の奥に、最後に切ったコードの色が焼きついている。


「ああ、もちろん。根拠はあったさ」

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最後の5分間 千の風 @rekisizuki33

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