社畜スレイヤー・ロウムシ・ウィズ・イン

雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞

社畜スレイヤー・ロウムシ・ウィズ・イン

 ──草木も眠る丑三つアワー。


 高層ビルディングの一室に、ぽつねんと灯る明かり。

 締め切られたカーテンからほのかに漏れ出すLEDの無機質じみた電光。


 、その男はデスクに向かっていた。


「いい……遥かにいい! あー、俺のモンスターが翼を授けるゥー!」


 完全にラリポッポしている目で、男はキーボードをカタカタとすさまじい速度でたたき続ける。

 横にはうずたかくつまれたエナジードリンクの缶。

 ブラックライトを当てれば、漏れ出したドリンクの中身どころか、男自体が発光しそうな量である。


「お仕事、楽しい! 仕事! 身体がホット! まるで熱帯夜! 暑くてもエアコンは悪、欲しがりません勝つまでは! ノルマ、残業、ノルマ、残業……サービス残業にアガペを感じる!」


 支離滅裂な言動を繰り返しながら、男はを続ける。

 その体臭はひどいもので、また目の下には深いクマができている。

 頭をかきむしるたびに、フケが宙を舞う。


「さながら粉雪!」


 社畜であった。

 企業戦士、エコノミーファイター、働きアリの成れの果て。

 呼び方はさまざまだが、ニッポンの暗部に救う妖怪──否、かつては善良な一般人であったものの、搾りかすである。

 むろん、リッポーはこのような深夜勤務を許していない。

 まして男は、タイムカードさえ押していなかった。


 ここに社畜が存在する。

 それが意味するところは、単純である。

 やがてこの区画一帯が──すべて社畜ズンビーの町になり果てるということだ。

 社畜は、集団感染を引き起こすのである。


 社畜を生み出す大元──真っ黒カンパニー。

 真っ黒カンパニーはイノベイドニンゲンである社畜をメンタル的、フィジカル的な洗脳で作り出し、日本の沈没を狙っている。

 つまりこうだ。

 この社畜も被害者であったが、無辜の民を殺す加害者でもあった。


「78時間働けますか! 愚問です、根性です、ナンセンスです、働かせていただきます……!」


 今まさに、休日出勤、時間外労働、サービス残業を極めた社畜から、すべての社員を社畜ズンビーに変える残務オーラが放たれそうになった瞬間──


「初回無料!!」

「アバー!?」


 ブラァーム!

 窓を突き破り、純白の影のエントリーだ!


「弊社に何の御用でしょうか!?」

「立ち入り調査だ!」

「ナンセンス!?」


 驚く社畜の問いかけに、華麗にオフィスへと着地した白い男は、顔を上げながら答える。

 短く切りそろえた清潔な髪に、白衣、無精ひげのない鋭角のあご。

 白色が、懐に手を差し入れた。

 社畜もまた、緊張の面持ちで、懐を探る。


「ドーモ、社畜さん。社畜スレイヤーです」

「ドーモ、社畜スレイヤーさん。サビ残社畜です」


 なんたる名刺交換!

 名刺を差し出されれば、名刺交換に応じなければならない。これは奥ゆかしい社会のルールなのだ!

 労働基準法にも書いてある。


 社畜スレイヤーを名乗った男に、サビ残社畜は唾を飛ばして吠え立てる。


「企業スパイか!」

「否! 労基のほうから来た」

「アバババババ……そんなの聞いてないよぉ……」


 しおしおのぱーになる社畜。

 それは断固として当然の仕儀であった。


 社畜スレイヤー。

 カローシした労務士ソウルがブラック企業撲滅のためにユナイトしているその存在は、真っ黒企業を撲滅するたえに動くマシーン。

 冷徹なマッシーン。

 純白のロームシは、高らかに社畜へと宣誓する。


「ブラック撲滅すべし、慈悲はない」

「俺をどうするつもりだ!」

「メキシコに連れて行く」

「メキシコ!?」

「おぬしをメキシコのホワイト企業に永久就職させる。完全週休二日制だ。育休もとれる」

「ヤメロー! ヤメロー!」

「これは行政指導だ! 実際ホワイト!」

「ナンセンス!?」


 すさまじい速度でほとばしる社畜スレイヤーの右手。

 そこには氏名記載済みの退職願が握られている。


「そのインシデントはコンセンサスがコミットしていな──」

「うるさい」

「アリガトウゴザイマス!」

「名前をかけ!」

「モウカリマッカー!」

「拇印を押す!」

「ボチボチデンナー!」

「退職完了!」


 労務士視力を持たないものには見ることも適わない速度で、社畜スレイヤーは書類をまとめてしまった。


「転職させてやる、時候のアイサツをしろ」

「食わねども、くわせてやるよ、妻子など──オサラバ!」


 サビ残社畜の全身に付着していた垢とフケがはじけ飛ぶ。

 あとには清潔な姿になった〝ただの社員〟が、満たされた表情で転がっていた。

 社畜スレイヤーは社員を抱き上げると、突き破ってきた窓から、飛び降りる。


「ゆくぞ、次はデスマ社畜をエンマン退職させる……! リューセイウー!」


 真っ黒カンパニーを絶滅させるまで。

 白き労務士の戦いは終わらないのだ──



 社畜スレイヤー・ロウムシ・ウィズ・イン 『未完』

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