来てみればわかるよ

「ポストから家の玄関まで400メートルでね、土地は700坪。あと犬は放し飼い」

「すごいね、お金持ちなの?」

「んーん、全然違う。来てみたら分かるよ」


15歳の少女との会話だった。

少女の母親からなんとなく気に入られたわたしは、家に来るように誘われた。


別日に訪ねてみた。すると思いがけない場所で少女の苗字が書かれたポストを見つけた。

県道の脇に一本の舗装されていない農道があった。その農道の入り口にポストが立っていたのだ。

『こんな場所にポスト?郵便物盗まれちゃうよ、それに地主の許可取って立てたのかな?』

そんなことを考えて農道に入ると両側は田んぼだった。家など見えない。


「ワンワン! ウーワンワンワン、ウーウーワンワン!!」


農道に入るとすぐに3匹の野良犬に吠えられた。車の前や横に来て、吠える吠える吠える……。

『なんだこの野良犬……』


でもよくみると首輪がついている。こっちだよと案内しているようにも思えたので、そのまま犬について行った。


農道を200メートルほど進むと、犬達は右側に90度曲がった。

田んぼに車輪を落とさないように、気を付けながら狭い農道を曲がると、その先に田舎風の普通の民家が見えた。


『も、もしかしてあそこかな』


野良犬にしか見えなかった飼い犬達は、既に家の前にいた。本当に道案内をしてくれたようだ。


「いらっしゃい!」

少女のお母さんが今どき珍しいもんぺ姿で出てきた。


『なんか……この前会った時と感じ違うな』


続いて少女とお父さんも出てきた。


「いいところでしょう」

少女のお父さんは少し自慢げに言った。


「あっ、初めまして。はい、いいところですね。犬は放し飼いなんですね」


「そう。田んぼの稲が実るころは困るよ、犬が稲を倒しちゃうんだよ。農家の人に怒られるからひやひやするよ」


「あっ、じゃあその期間は繋いでおくんですか?」


「なんで? 繋がねえよ!」


お母さんが続けて話した。

「前にやすべえって名前の犬がいたんだけど、ずいぶん遠い住宅街まで毎日遊びに行ってたらしいの。あるときにパンを一斤袋のままくわえて帰ってきたことあるのよ! どこかのお宅で貰ったらしいのよアハハハハハ!」


『なんか……ちょっと変わった人たちかも』


家の中では小学生の妹が「ドレミファソラシド」と歌いながらおもちゃで遊んでいた。


『ず、ずい分古いおもちゃだな』



少女が家の周りを案内してくれた。


「この離れはピアノの部屋」


「ここは何?」


「あっ、ここは井戸小屋なんだけど、中でおままごとができるようにってお婆ちゃんが少し大きいのを建てたの」


「お、お婆ちゃんが建てたの?お爺ちゃんじゃなくて?」


「そうだよ」


中を覗くと井戸があった。上下に動かすと水が出る手動のポンプはまるで骨とう品だ。


『昔にタイムスリップしたような場所だな……』


「ここがお爺ちゃんの畑。野菜はほとんど買うことないかな」


「あっ、畑入れて700坪だったんだね」



「最近ガスになっちゃったんだけど、前までここでお風呂炊いてたんだよ!」


「えっ、まき風呂だったの?本当に?」


「そんなに驚くことなの?フーフーってここで湯加減調整するために筒で火を吹いてたんだよ!」


「あなたもここでフーフーってしたことあるの?」


「もちろんあるよ。なんかガスで沸かした風呂のお湯は角があるんだよね、まき風呂はね、お湯がまろやかだったよ」


『40年以上前の感覚だ』


「このハシゴ珍しいね、木で出来たハシゴはあまり見た事ないな」


「あっ、うちのお父さんケチでさ、ハシゴなんて買わないで自分で丈夫なの作るって勢いよく木材買ってきたんだけど、重たくて持ちあがらないくらい丈夫に作っちゃって、掛けるどころかこの場所から動かすことさえできないんだよ、それからずっとここにあるの……」


少女は言った。

「うち、変わってるでしょう?」


「いや、俺はこういうの結構好きだけど……」


「へー、あんたも変わってるね」


この少女と将来結婚するとは夢にも思わなかった。



この訪問で一番印象に残ったのは……


15歳の少女に「あんた」と言われた事だった。

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